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身分違いの恋人に井戸に投げ込まれたお菊の悲劇 怪談「皿屋敷」のお話は、番町、播州だけではない!?

日本史あやしい話


古井戸の中から「いちま〜い、にま〜い〜」とあやしげなる女の声が聞こえてくるというのは、ご存知、怪談「皿屋敷」物語である。「番町皿屋敷」と「播州皿屋敷」がよく知られるところであるが、実は滋賀県彦根市にも男女の愛憎が織りなす「皿屋敷」物語が伝えられているのをご存知だろうか?いったいどのようなお話だったのか、紐解いてみることにしよう。


 

■「番町皿屋敷」の元ネタとなった「播州皿屋敷」とは?

 

「いちま〜い、にま〜い、さんま〜い〜」

 古井戸の中から、何とも怪しげなる女の声。井戸に身を投げた下女・お菊が、恨めしげに皿を数えるという「番町皿屋敷」の一場面である。9枚まで数えたところで、「悲しやのう〜」と、すすり泣くというのがお決まりである。

 

 時は、承応の頃というから17世紀も半ばのこと。舞台は、徳川秀忠の娘・千姫が住んでいた吉田御殿の跡地で、火付盗賊改・青山播磨守主膳が新たに建てた屋敷であった。幽霊となって祟り出たのはお菊。当時16歳の美しい娘であった。

 

 事の発端は、主膳が秘蔵する十枚揃いの南蛮焼きの皿のうち一枚を、お菊が誤って落として割ってしまったことであった。これに主膳は烈火のごとく怒り狂い、お菊の指一本を脇差を抜いて切り落としてしまったというから、何とも短気である。そればかりか、手打ちにせんと縄目にして閉じ込めてしまった。無慈悲なことこの上ない。こうなっては、いつまたもっと酷い折檻をされるかわからぬと恐れおののくお菊。怯える余り、とうとう部屋を抜け出して底知らずの井戸へ飛び込んでしまったのである。

 

 その後、毎夜のごとく、井戸の底から聞こえてきたのが、冒頭の声であった。江戸・番町を舞台とする怪談「皿屋敷」の一シーンである。

 

 このお話は、1758年に講釈師・馬場文耕が書き記したもので、どこまで史実であったかわからないが、元ネタがあったことは知られている。それが、1741年に上演された浄瑠璃「播州皿屋敷」であった。ここからは、この物語に注目してみたい。

 

 舞台は、1346年に築城された姫路城である。10代城主・小寺則職の家臣・青山鉄山が、主君である小寺家乗っ取りを企てたことから物語が始まる。企てを知った忠臣・衣笠元信が、妾・お菊を鉄山の女中として送り込んで、スパイとして鉄山の動きを見晴らせようとしたという。結果、鉄山が催した花見の宴において、則職を毒殺せんとの計略があることを察知したのだ。

 

 幸いにも、お菊の密告によって則職は災いから逃れることができたが、鉄山の家臣・町坪弾四郎が、密告者がお菊だと見抜いてしまった。これ幸いとばかりに、弾四郎がお菊に言い寄って手篭めにしようとするも、お菊がそれを拒否。と、今度は逆恨みして、お菊が管理していた小寺家伝来の家宝「毒消しの皿」十枚のうち一枚をわざと隠して、紛失したように見せかけたのだ。罪をお菊になすりつけようとの魂胆であった。さらに、彼女を殺して井戸に投げ入れてしまったというから、何とも残酷であった。もちろんその後は、「いちま〜い、にま〜い」という、井戸の底からお菊が皿を数える声が聞こえるというお決まりのシーンへ。この辺りは、前述の「番町皿屋敷」と同様である。

 

 ちなみに、このお話が実話だとは思い難いが、お菊が投げ込まれたという井戸は実在する。姫路城本丸下にあるお菊井戸がそれ。ただし、そう呼ばれるようになったのは大正時代のことで、それまでは釣瓶取井戸と呼ばれていたというから、お菊との関連は不明確というべきか。

 

■彦根市に伝わる愛憎渦巻く皿屋敷物語とは?

 

 さて、以上の「番町皿屋敷」と「播州皿屋敷」の二つの物語がよく知られるところの怪談「皿屋敷」であるが、実はもう一つ、怪談話とはならなかった男女の愛憎劇となった「皿屋敷」物語があるのをご存知だろうか?

 

 舞台は、滋賀県彦根市である。代々彦根藩主に仕えていた孕石家の後継・政之介と侍女・お菊の愛憎渦巻く物語がそれ。二人は相思相愛であったというが、政之介に親が決めた婚約者がいたことが問題であった。政之介の親族が婚儀を急ごうとすることに慌てるお菊。もちろん、政之介に対し、「私を愛しているんじゃなかったの?」と迫ったことはいうまでもない。

 

 しかし、家門を守るか、愛する女を守るか、心が揺らぐ政之介。その優柔不断さをじれったく思ったお菊が政之介の真意を確かめるために行ったのが、孕石家の家宝である十枚の皿の一枚を故意に割ってしまうというものであった。

 

 それを知った政之介が、自分の想いに疑いを挟んだことに激怒したというから、本当に彼女のことを愛していたのかどうかあやしいという他ない。激昂する余り、残る皿全てを割ってしまった上、お菊まで殺して井戸に投げ捨ててしまったということも、それを物語っている。愛憎紙一重とはいうものの、これほどの変貌ぶりには驚かされるばかりである。ただし、冒頭のようなお菊が恨んで祟り出たとの逸話は伝えられていないことも付け加えておこう。

 

 また、お菊を手にかけてしまったことを悔いた政之介はその後出家しているが、全て後の祭りであった。なお、割られた皿は修復された後、かつて彦根市の北半分を寺領としていたという後三条町にある長久寺へ伝わったとか。今もそのうちの6枚が現存しているというから、一度目にして見たいものである。

姫路城の本丸下の上山里にあるお菊井戸/撮影:藤井勝彦

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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