中国の「日本産水産物輸入」再開のわけとは? 対米を意識した国際政治的な背景とは
中国が日本産水産物の輸入を段階的に再開する動きは、東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出を巡る日中間の対立緩和を象徴する重要な出来事である。この決定の背景には、科学的根拠に基づく安全性の確認と、複雑な国際政治的戦略が絡み合っている。ここでは、この輸入再開の経緯とその背後にある中国の狙いを考察する。
■処理水問題と輸入停止の経緯
2023年8月24日、日本が福島第一原発の処理水海洋放出を開始すると、中国は即座に日本産水産物の輸入を全面停止した。中国政府は処理水を「核汚染水」と呼び、食品の安全と国民の健康を守るための措置と主張した。一方、日本政府は、国際原子力機関(IAEA)が処理水の国際安全基準適合性を報告しているとして、科学的根拠のない措置の即時撤廃を求めた。この対立により、中国向け水産物輸出は激減し、特にホタテなどの主力品目への打撃は大きく、漁業関係者に深刻な影響を及ぼした。
■国際政治的な背景
中国の輸入再開決定には、以下のような国際政治的狙いが推察される。まず、米中対立下での関係安定化がある。米中間の経済的・政治的対立が深まる中、中国は日本や欧州、東南アジアとの関係強化を模索している。2025年5月の報道では、トランプ政権の高関税政策や経済分断(デカップリング)の影響を軽減するため、日本との懸案解決を進める姿勢が中国に見られた。特に、2025年9月3日の抗日戦争勝利80周年記念を控え、対日強硬姿勢が取りづらいタイミングも影響したとされる。日本との経済協力を通じ、米国の一国主義や保護主義に対抗し、地域の安定性をアピールする狙いがある。
また、国内世論の管理と科学的根拠の強調である。処理水放出開始後、中国国内では日本産水産物への安全懸念を煽る報道や反日感情が高まり、日本人学校への嫌がらせや大使館への抗議につながった。輸入再開に際し、中国はIAEAのモニタリング強化に参加することで、科学的根拠に基づく安全性の確認を強調し、国内の批判を抑える意図がある。
経済的威圧批判への対応もある。中国の輸入停止措置は、WTO協定に違反する「経済的威圧」と国際社会から批判されてきた。輸入再開は、こうした批判を和らげ、WTOルールや科学的基準に基づく姿勢を示すことで、国際的信頼性を維持する狙いがある。一方で、段階的再開を強調することで、国内の強硬派への配慮も見られる。
さらに、日本の脱中国化への牽制もあろう。輸入停止後、日本はホタテなどの輸出先をベトナム、タイ、米国などにシフトし、2024年には米国向けホタテ輸出が急増するなど脱中国化を進めた。中国側はこの動きに焦りを感じ、輸入再開をカードとして日本の依存度を再び高める狙いがある可能性がある。しかし、ホタテ業者からは今さら欲しくても売らないとの声も上がり、中国の影響力回復は不透明である。
■今後の展望と課題
輸入再開の具体的な時期や範囲は依然として不透明で、中国側が求める「十分な要求」の内容も明確でない。日本側は規制の即時撤廃を求め続けるが、中国の段階的アプローチにより、完全な正常化には時間がかかる可能性がある。また、米中対立や尖閣諸島問題など、他の地政学的要因が再び緊張を高めるリスクも存在する。日本政府は、輸出先の多角化や支援策を継続し、中国依存からの脱却をさらに進める必要があろう。
中国の日本産水産物輸入再開は、処理水問題を巡る日中対立の緩和と、米中対立下での関係安定化を目指す戦略的判断の結果である。科学的根拠に基づくモニタリング強化を通じて国内世論を管理しつつ、国際的信頼性を維持する狙いがうかがえる。しかし、段階的再開や不透明な条件により、完全な正常化には課題が残る。日本は、経済的打撃を軽減しつつ、輸出先の多様化を進めることで、国際政治の不確実性に対応する姿勢が求められる。

イメージ/写真AC