日本製鉄のUSスチール買収計画はどうなる!? トランプ大統領が反対から一転して承認に至った理由
2025年5月23日、ドナルド・トランプ米大統領は日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画を承認した。これまで一貫して反対の姿勢を示していたトランプ氏が、なぜ一転して承認に至ったのか。その背景には、経済的利益、雇用創出、国家安全保障への配慮、そして日米間の外交的調整が複雑に絡み合っている。
■トランプ氏の初期の反対姿勢とその背景
日本製鉄は2023年12月、USスチールを149億ドル(約2兆3400億円)で買収する計画を発表した。この計画は、USスチールの技術力と市場競争力を強化し、日米の鉄鋼産業の国際競争力を高めることを目指していた。しかし、米国ではこの買収が政治的議論を巻き起こした。特にトランプ氏は、2024年の大統領選挙期間中から「USスチールはアメリカの象徴であり、外国企業による買収は認められない」と強い反対を表明していた。2024年1月には「即座に阻止する」と公言し、バイデン前大統領も国家安全保障上の懸念を理由に2025年1月に買収禁止命令を出していた。
トランプ氏の初期の反対姿勢は、彼の「アメリカ・ファースト」政策に基づくものだった。USスチールは、米国の鉄鋼産業の象徴であり、ペンシルベニア州などラストベルト地域の雇用を支える重要な企業だ。トランプ氏は、外国企業による買収が米国の産業基盤や雇用に悪影響を及ぼすと主張し、特に日本製鉄による完全子会社化に対して否定的だった。さらに、全米鉄鋼労働組合(USW)など国内の一部勢力が「日本の鉄鋼製品の安価な輸出が国内市場を脅かす」と反対していたことも、トランプ氏の姿勢を後押しした。
■反対から承認への転換の理由
●経済的利益と雇用創出の期待
トランプ氏は5月23日、自身のSNSで「この提携は少なくとも7万人の雇用を創出し、140億ドルの経済効果をもたらす」と述べた。この発言は、日本製鉄が提案した巨額の投資計画が、トランプ氏の「製造業復権」という経済政策と合致したことを示している。日本製鉄は、買収後にUSスチールの設備近代化や技術供与を通じて、米国の鉄鋼産業を強化する計画を提示。これにより、ペンシルベニア州ピッツバーグの本社維持や新たな雇用創出が実現する見込みが示された。トランプ氏にとって、雇用拡大と経済成長は選挙公約の柱であり、この取引がその実現に寄与すると判断した可能性が高い。
●国家安全保障懸念の解消
バイデン前政権は、対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を経て、国家安全保障上のリスクを理由に買収を禁止していた。しかし、トランプ政権下で2025年4月にCFIUSに再審査を指示した結果、5月21日までに提出された報告書で「日本製鉄の提案する措置が安全保障リスクを十分に軽減する」との結論が得られた。日本製鉄は、機密性の高い技術供与を完全子会社化を前提に行う方針を示しつつ、米政府との協議を通じて安全保障上の懸念に対処する具体策を提示したとみられる。CFIUSの審査が前回よりも買収に肯定的な見解を示したことが、トランプ氏の判断に影響を与えた。
●日米首脳会談と日本の積極的な働きかけ
2025年2月7日の日米首脳会談で、石破茂首相はトランプ氏に対し、買収計画の本質が「投資」であり、米国の産業振興と雇用拡大に寄与すると強調した。この会談でトランプ氏は「買収ではなく投資」と発言し、過半数株式の取得には否定的ながらも投資拡大を歓迎する姿勢を示した。日本政府は、経済産業省や外務省を通じて米国政府に継続的に働きかけを行い、日本製鉄の森高弘副会長も「トランプ氏の製造業復権のポリシーと合致する」と訴え続けた。これらの外交努力が、トランプ氏の認識を「買収」から「提携」や「投資」にシフトさせ、承認への道を開いた。
●政治的計算と実利重視の姿勢
トランプ氏は実業家出身であり、取引において実利を重視する傾向がある。USスチール買収を承認することで、日本との良好な関係を維持しつつ、自身の経済政策の成果としてアピールできると判断した可能性がある。また、バイデン政権の禁止命令を覆すことで、前政権の政策との差別化を図り、支持基盤であるラストベルトの労働者層に「雇用を守ったリーダー」としてのイメージを植え付ける狙いもあっただろう。さらに、米国の鉄鋼業界では競合のクリーブランド・クリフスが買収に名乗りを上げる動きもあったが、日本製鉄の提案が経済効果や技術力の面で優れていると判断された可能性も考えられる。
■承認の意義と今後の展望
トランプ氏の承認は、日米間の経済協力の深化と鉄鋼業界の国際競争力強化に大きな意義を持つ。日本製鉄は、USスチールの完全子会社化を通じて最先端技術を供与し、米国の鉄鋼市場での競争力を高める計画だ。これにより、中国など新興国の安価な鉄鋼製品に対抗し、日米の鉄鋼産業がグローバル市場で優位性を保つことが期待される。
しかし、課題も残る。トランプ氏は「関税政策により鉄鋼製品がメイド・イン・アメリカになる」と強調しており、25%の追加関税導入を背景に、日本製鉄がさらなる譲歩を求められる可能性がある。また、USWなど一部労働組合の反対は根強く、買収後の労使関係の円滑な運営が求められる。さらに、投資規模の拡大や経営体制の調整には、株主や利害関係者の理解が不可欠だ。

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