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「エッフェル塔を売った詐欺師」ヴィクトール・ルースティヒの詐欺手口

歴史でひもとく国際情勢


現在、国際的な犯罪グループによる詐欺が問題になっています。皆さんのもとにも、携帯電話に見慣れない国番号からの国際電話がかかってきたり、SNSDMにあやしいメッセージが届いたりしているのではないでしょうか。実際に詐欺にあってしまった人は「いま冷静になると嘘だと分かるけど、その時は雰囲気に飲まれて金を払ってしまった」といった趣旨のことを言うケースが多いです。実際に詐欺師は言葉巧みに、被害者に相手に甘い言葉をかけたり脅したりして、心理的に追い込んでいき、金を払わないといけない雰囲気を作り上げていきます。さて今回紹介するヴィクトール・ルースティヒは、そんなやり方を極めた20世紀を代表する詐欺師です。彼の代表的な詐欺が「エッフェル塔の販売詐欺」。フランスを代表するあの有名建築を、どのようにして売ってしまったのでしょうか。


 

頭は良いが問題児だったルースティヒ

 

 ヴィクトール・ルースティヒは1890年、当時のオーストリア=ハンガリー帝国のボヘミア地方、現在のチェコ共和国の生まれです。本名は分かっておらず、ヴィクトール・ルースティヒという名前も、少なくとも45ある偽名の一つです。

 

 生家は裕福で、父は彼に良い教育を与えますが、ルースティヒは若い時から問題児で、スリや盗みをしては警察に厄介になる少年だったようです。12歳の時にはウィーンの学校を抜け出し、パリに逃げて2ヶ月間家出もしていたこともありました。その間、パリの売春宿の女主人に元に転がり込んでいたようです。

 

 問題はありつつも、若くして6ヶ国語をマスターするなど頭は非常に良かったルースティヒ少年は、ドレスデンの寄宿学校を卒業した後、パリの大学に入学します。しかし勉強より夜の街に魅了されギャンブルにのめり込み、学校へ行かずギャンブル仲間とつるむようになります。結局、大学は2ヶ月で中退します。

 

 ルースティヒは堅気での仕事は自分に向いていないと考え、生来のコミュニケーション力の高さや人好きのする性格、得意な語学を活かし、人から金を巻き上げて楽に儲けようと決心したようです。

 

人の弱みにつけ込み、安心させ信じさせる

 

 ルースティヒの姿は1914年ごろ、欧州と米国を結ぶ豪華クルーズ船の上にありました。豪華客船タイタニックが処女航海で沈没したのと同じ時代、当時のセレブはこぞって大西洋クルーズに乗り自らのステータスを誇示しようとしました。そんなセレブたちをルースティヒは狙ったわけです。

 

 ルースティヒは語学力を活かし、自らをブロードウェイのプロデューサーだと自称し、乗客に存在しないミュージカルへの投資を求めたのです。

 

 ルースティヒは整った身なりで、謙虚で礼儀正しく振る舞い、たまたま居合わせたように、ターゲットの乗客と自然な会話で仲良くなります。相手が「ところであなたは何のお仕事をなさっているのですか」と聞かれて初めてブロードウェイのプロデューサーだと打ち明けます。基本的に話の主導権は相手に渡し、強引に自分から話を進めず、完全に信頼されるまで会話をするのがルースティヒの詐欺のポイントです。そして旨い投資話に相手が乗ってきて、お金を受け取ったら後は忽然と姿を消すのです。

 

 ルースティヒが次々と人を騙すことができたのは、彼が人の懐に入り込むことが異常に上手かったためでした。彼は威厳がありつつもチャーミングなキャラクターで、話を聞くのも上手かったのですぐに信頼され、非常にプライベートな話も打ち明けてもらえました。例えば、金に困っている、ビジネスで成功したい、夫婦関係が悪いといった悩みを聞き、「だったら私が手助けできるかもしれない」などと言って、偽の話を持ちかけるのが定番でした。

 

老朽化したエッフェル塔の嘘の売却話

 

 1925年、フランス・パリに渡ったルースティヒは、新聞でエッフェル塔が論争になっていることを知ります。エッフェル塔は1889年のパリ万博を記念して建設されたものですが、メンテナンスにコストがかかる上、パリの景観を損ねているとして、撤去すべきという意見が根強くありました。

 

 金の匂いを嗅ぎ取ったルースティヒは、さっそく調査と準備に取りかかります。ルースティヒはフランス政府の「郵便電信省審議官」という存在しない肩書きを作り、政府の公式印が印字された上質な文具とレターセット、名刺を作成しました。そしてパリの五つ星ホテル「オテル・ド・クリヨン」の特別室をセッティングして、パリのスクラップ業社5社に宛てて「フランス政府からの非公式の会合の打診」を送付したのです。

 

 当日、オテル・ド・クリヨンの特別室に集まったスクラップ業社を前にし、政府の役人に成りすまし、高価なスーツをパリッと着こなしたルースティヒはこう述べます。

 

「政府はこのたび、老朽化したエッフェル塔の解体を決定した。ひいては、解体後の鉄のスクラップを売却する必要がある。今回集められたあなたたちは入札の資格を有する会社だ。期限内に入札額を記した書類を提出すること。ただし本件は非公開情報のため、決して他言しないように」

エッフェル塔に使われている鉄は約7000トンにもなり、第一次世界大戦の戦後復興で鉄価格が上がっていた当時、大量の屑鉄は宝の山でした。

 

 この旨すぎる話に、アンドレ・ポワソンというスクラップ業社のオーナーが強い関心を示しました。

 

 彼の会社はまだ創立から日が浅く実績を必要としていた上、ポワソン自身が野心が強く、社会的上昇を強く望む男でした。ポワソンのそういった性格や背景を事前に調査し把握していたルースティヒは、彼をターゲットに絞り、食事に誘ったり、小旅行に同行したりなど、彼との個人的な友人関係を築いていきました。そしてポワソンはルースティヒに勧められるまま、エッフェル塔の入札に参加してしまったのです。

 

エッフェル塔/写真AC

 

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尾登雄平おとうゆうへい

1984年福岡県生まれ。出版社にて勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集するブログ「歴ログ-世界史専門ブログ-」、YouTubeチャンネル「歴ログ-世界史専門チャンネル-」を運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著者に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)がある。

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