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なぜ台湾はアメリカに対する報復関税を回避したのか? 中国の軍事的威嚇と台湾有事リスクの影

 アメリカのトランプ大統領が2025年4月2日に発表した「相互関税」は、世界経済に大きな波紋を広げている。この政策は、全ての輸入品に一律10%の関税を課しつつ、特定の国や地域に対しては相手国の関税率や非関税障壁を基にした追加関税を上乗せするものだ。台湾に対しては32%の関税が設定され、これは中国(34%)や日本(24%)といった近隣諸国と比較しても高い水準である。しかし、台湾の頼清徳総統は、この関税に対し報復関税を課す計画はないと明言した。この決断の背景には、近年の中国による軍事的威嚇の連発と、報復関税が引き起こしかねないトランプ政権の「台湾軽視」の加速、そしてそれに伴う台湾有事リスクの高まりへの懸念があると考えられる。

 

■中国の軍事的威嚇と台湾をめぐる緊張の高まり

 

 近年、中国は台湾に対する軍事的圧力を急速に強めている。2024年10月には、中国人民解放軍が台湾周辺で大規模な軍事演習を実施し、台湾を包囲する形で海上・空中の交通遮断を模擬したと報じられた。さらに、2025年4月2日にも、東シナ海を含む台湾周辺で2日連続の演習が行われ、頼政権やアメリカへの威嚇が明確な意図として示された。これらの行動は、中国が「武力による統一」を視野に入れた準備を進めている可能性を示唆するものであり、台湾海峡の緊張はかつてないほど高まっている。

 

 こうした状況下で、台湾にとってアメリカは最も重要な安全保障のパートナーだ。米国は「台湾関係法」に基づき、台湾の防衛力を支援し、中国の軍事的脅威に対抗する姿勢を維持してきた。しかし、トランプ政権の相互関税が台湾にも高率で課されたことは、経済的負担だけでなく、米台関係における微妙なバランスを揺るがす要因となり得る。台湾が報復関税を仕掛ければ、この関係にさらなるひびが入り、トランプ政権が台湾を「戦略的優先度が低い」と見なすきっかけになりかねない。

 

■報復関税回避の理由:トランプ政権の台湾軽視への懸念

 

 頼総統が報復関税を見送った理由の一つは、トランプ政権との関係悪化を避けるためだ。台湾は、アメリカとの経済的・軍事的結びつきに依存しており、特に半導体産業では世界的なサプライチェーンの中核を担うTSMC(台湾積体電路製造)が米国企業と深い関係にある。相互関税による32%の追加負担は、台湾経済に打撃を与えるものの、報復関税で対抗すれば、トランプ政権がさらに強硬な姿勢を取る可能性がある。例えば、関税率のさらなる引き上げや、軍事支援の縮小といった報復措置が考えられる。

 

 トランプ大統領は、過去の発言で台湾有事を経済的手段で対処する意向を示してきた。2024年10月のウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューでは、中国が台湾を封鎖した場合、「150~200%の関税を中国に課す」と述べ、軍事介入よりも経済的圧力を優先する姿勢を見せている。この発言からは、トランプ政権が台湾防衛にどこまで本気で取り組むのか不透明さが漂う。もし台湾が報復関税を課し、米台関係が冷え込めば、トランプ政権が台湾軽視の態度を強め、中国への牽制が弱まる恐れがある。そうなれば、中国は台湾への軍事的圧力をさらにエスカレートさせる機会を得るだろう。

 

■台湾有事リスクの高まりと報復関税のジレンマ

 

 報復関税を回避する決断は、台湾有事リスクを抑えるための現実的な選択とも言える。中国は、米台関係の亀裂を好機と捉え、軍事演習の頻度や規模を拡大する可能性が高い。仮にトランプ政権が台湾への関心をさらに低下させれば、アメリカの軍事的プレゼンスが薄れ、台湾海峡での抑止力が弱体化する。その結果、中国が「戦わずして勝つ」戦略を成功させるシナリオが現実味を帯びてくる。中国の本音は、軍事衝突を避けつつ、経済的・外交的圧力で台湾を孤立させ、統一へと導くことにあると見られる。

 

 一方で、報復関税を課さないことで、台湾国内からは「弱腰」との批判が上がる可能性もある。経済的負担を強いられながらも対抗措置を取らない姿勢は、国民の不満を招きかねない。しかし、頼政権は短期的な経済的損失よりも、長期的かつ致命的な安全保障リスクの回避を優先したと解釈できる。アメリカとの同盟関係を維持しつつ、中国の軍事的威嚇に対抗する準備を整えることが、現時点での最善策と判断したのだろう。

 

■台湾の慎重な賭けと今後の展望

 

 トランプ大統領の相互関税に対し、台湾が報復関税を仕掛けない理由は、中国の軍事的威嚇が続く中での米台関係の維持と、台湾有事リスクの抑制への強い危機感にある。報復関税がトランプ政権の台湾軽視を加速させれば、中国がつけ込む隙を与え、台湾海峡の緊張が一気に高まる危険性がある。頼総統の決断は、経済的苦境を甘受しつつも、安全保障上の最悪のシナリオを回避するための苦渋の選択だ。今後、トランプ政権が台湾への関税政策をどう運用し、中国がこれにどう反応するかが、台湾海峡の未来を左右する鍵となるだろう。

イメージ/イラストAC

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プロバンスぷろばんす

これまで世界50カ国ほどを訪問、政治や経済について分析記事を執筆する。特に米国や欧州の政治経済に詳しく、現地情報なども交えて執筆、講演などを行う。

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