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戦後わずか4年で製作された民主主義と自由を讃える映画『青い山脈』 男女交際を通じて自由恋愛と青春を描く【昭和の映画史】

■GHQ占領下で製作された、民主主義を讃える大ヒット映画

 

『青い山脈』は、まぶしいほど真っすぐに戦後民主主義を讃えた記念碑的映画である。4回映画化されており、一番有名な第一作は昭和24年(1949年)、敗戦後わずか4年目に製作公開された。

 

 GHQ占領下の初期で、民主化政策が強く推進されていたことを差し引いても、こんなに大らかに民主主義を讃える映画は、以後あまり見当たらない。原節子と池部良が主演して大ヒットし、同名の主題歌は昭和の名歌となった。

 

 原作は、青春ものを得意とした人気作家・石坂洋次郎の同名小説である。昭和22(1947)6月、日本国憲法施行の翌月から新聞で連載が始まり、12月に単行本として出版された。

 

 物語の舞台は、封建的気風が強く残っている地方都市。その女学校に最近、若く理想に燃えた女性教師が赴任してきた。

 

 一方、転校生の寺崎新子も開放的な気性で、駅前の商店で高等学校生の金谷六助と知り合う。その様子を見ていた同級生たちが、金谷が書いたように見せかける偽のラブレターを書いて、職員室に送ったのである。

 

 島崎が教室でこの偽ラブレターについて取り上げると、生徒たちは二人が不適切な行動をしていたと非難した。しかし島崎は「こんなやり方は卑劣だ」として、恋愛は素晴らしいことだと語る。

 

 島崎に非難された生徒たちは、学校の名誉を守ろうという愛校心から出た行動だと涙ながらに訴える。しかし島崎は動じず、逆に生徒たちの論理に潜む偽善を明るみに出すのである。

 

 島崎が体現している戦後民主主義は、ここで本領を発揮する。「日本はかつて国家のためと言って行動した。そして今は学校のためだという。そこに個人は存在しない」。

 

 一方、島崎に非難された生徒たちは納得がいかず、保護者代表も参加する理事会にかけることを求める。校長は穏便に済ませようとした。しかし同僚の教師たちは、理想主義者で正論を言う島崎雪子が疎ましい。

 

 特に軍人上がりの体育教師、田中は島崎を敵視していた。さらに、金谷の友人が保護者を装って出席していたことがばれ、理事会は生徒たちの主張に傾く。その窮地を救ったのは芸者の梅太郎だった。

 

 晴れて島崎の主張が支持され、寺崎と金谷は付き合うことを決める。そして島崎と校医の沼田、その友人たちと共に自転車で海岸に出かけるのである。

 

 有名なテーマ曲が流れる中、若者たちが楽しげに自転車で駆けていく様子は、この映画全体を象徴する美しい場面だ。そして島崎は、校医の沼田からプロポーズを受けて承諾するのだった。

 

 原節子は戦前、国策映画で活躍した大女優である。敗戦後は黒澤明の『我が青春に悔いなし』への出演で、一転、戦後民主主義の女神となる。そのイメージは『青い山脈』の島崎役で決定的になった。

 

 その独特の清楚な存在感を小津安二郎に高く評価され、都会の市民生活を描く「小津調」の作風に貢献している。特に『東京物語』で演じた未亡人役は強い印象を与えた。しかし昭和38(1963)に女優業を引退し、以後は鎌倉で隠遁生活を送ったことは有名だ。

 

 女学校生の寺崎を演じた杉葉子は、金谷と海で水着デートをした際、率先して海に飛び込む奔放な演技で若者に大人気を博した。のちに「万年青年」と称されることになる池部良は、30代にして高等学校生の金谷役を若々しく演じている。

 

 しかし筆者が最も惹かれたのは、芸者を演じた木暮実千代だ。まず何と言っても美しい。筆者が物心ついた頃にはすでに円熟した女優で、両親がいつも「大学出なんだ」と言っていたことを思い出す。

 

 木暮が演じた芸者の梅太郎は、寺崎の友人である笹井和子の姉である。あけっぴろげな気性で校医の沼田を憎からず思っているが、その気持ちは通じない。沼田に悪気はないのだが、芸者の梅太郎はそういう対象にはならないのだ。

 

 芸者が属する花柳界は長年、日本社会で大きな役割を果たしてきた。明治大正の小説を読んでも、男性が遊ぶというと芸者遊びを指す。自由恋愛が許されず、結婚は家制度を維持するためのものであった時代、芸者は両者の乖離を埋める存在だった。

 

 有力者は芸者を妾として囲うことが多かったし、日本人のアジア進出は常に芸者を伴っていた。勇ましいことを言う軍人も芸者遊びが大好きで、将校が昼間から芸者とどんちゃん騒ぎをすることも珍しくなかった。

 

 そして何より、社会に根づいた花柳界は、女性を玄人と素人に分断していたのである。芸者の大胆さが歓迎される方、一般女性は貞淑で良き母、良き妻として家庭を守ることを期待された。

 

 だが自由恋愛が一般的になり、女性が自分の意思で振る舞うようになると、芸者は次第に必要なくなっていく。梅太郎は沼田が島崎に惹かれていることを見抜き、こう愚痴を言う。「最近は素人の方が色っぽくなっちゃってさ。私らも必要なくなってきたのかもしれないね」

 

 梅太郎は時代の先を見据え、自分たちの価値が下がってくることを予感していた。しかし、校医の沼田が教師の島崎を好いていることを承知の上で、理事会で不利に傾いた島崎側に助け舟を出すのである。

 

 守旧派の急先鋒である体育教師の田中が、日中戦争で性病にかかったことを匂わせるのだ。島崎を「不道徳」として非難する田中が、戦地で文字通り不道徳な行為をしていたことを、梅太郎は間接的に指摘するのである。明るい言動の裏に切なさを秘めた木暮の演技は評判を呼び、評価を高めた。

 

 敗戦後わずか4年後に製作されたこの映画には、民主主義と対置された戦争の影が色濃く漂っている。まだ国民服を着ている者もいるし、島崎が「戦争が終わったのに、まだそんなことをしているの?」と憤慨する場面もある。

 

 80年前の映画だけあって、今観ると違和感もある。女性は今や死語になった「わたくし」「そうですわ」といった女性言葉を話すし、女学生も高等学校生も老けて見える。

 

 実際、金谷を演じる池部良は30代だったわけだが、そうでなくても当時の日本人は今より成熟した顔をしていた。というより、今が若過ぎるとも言えるが。

 

 川本三郎はユニークな映画評論『今ひとたびの戦後日本映画』で、『二十四の瞳』の大石先生や『ひめゆりの塔』の宮城先生も含めて、「白いブラウスを着た女の先生」が戦後民主主義を体現したと述べている。戦後もなお軍服が似合っていた男性の俳優は、その役割を担うことができなかった。

 

 それにしても、今見ても驚くほど開明的な映画である。恋愛の擁護はもちろん、校医の沼田は理事会で「性的なことは穢らわしくない」と明言するのだ。それから80年たっても学校で性について語られることはなく、それが不同意成功や意図せぬ妊娠、赤ちゃんの遺棄につながっているという指摘もある。

 

 監督は社会派の巨匠、今井正。『ひめゆりの塔』『真昼の暗黒』『橋のない川』といった名作を残した。

イメージ/イラストAC

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川西玲子かわにしれいこ

1954年、東京生まれ。(公社)日本犬保存会会員。専門学校や大学で講師を務めた後、現在は東アジア近代史をメインに執筆活動を行う。主な著書に『歴史を知ればもっとおもしろい韓国映画』、『映画が語る昭和史』(ともにランダムハウス)、『戦時下の日本犬』(蒼天出版)、『戦前外地の高校野球 台湾・朝鮮・満州に花開いた球児たちの夢』(彩流社)など。Amazonに著者ページあり。

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