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スピリチュアルに金をバラ撒き、庶民には「鬼畜すぎる“大増税”」… 名君・武田信玄の「ヤバい経済政策」

日本史 不適切にもほどがある話

 

将の器も「カネ」しだい!?

 

 信玄が人民の納めた血税を戦やその支度、そして土木工事などに費やすのであれば、いたしかたない。しかし信玄には明らかに問題の出費があった。少なからぬ額を領内の多くの寺社──つまり宗教関係に気前よくバラ撒きすぎていたのだ。

 

 かなりのスピリチュアル好きの信玄は、判兵庫(ばんのひょうご)という陰陽師を「邪(よこしま)な心根が一つもない」などと見込んで約15年もの間、寵愛しつづけた。その間、彼に支払った総額はなんと1500貫文、現代の金額にして約15億円にもなっていた。

 

 判は信玄から望まれるがままに上杉謙信に呪いをかけるべく、護摩(ごま)を焚いて祈禱を繰り返したが、本来の護摩行とは密教系の僧侶が行なうべき術で、陰陽師の仕事には含まれない。

 

 そもそも陰陽師は戦国時代にはかなり衰退してしまっていた職業で、「安倍晴明の子孫」を名乗る判兵庫はどこまでも怪しく、彼の呪詛に効果などなかった。役に立たない判兵庫は「彗星の出現」を理由に引退宣言をしているが、おそらく本心としては信玄から愛想をつかされ、武田の家臣から誅殺される前に甲斐国から逃げ出したかったのだろう。

 

 元亀31572)年103日、武田信玄は室町幕府15代将軍・足利義昭による「織田信長討伐令」に応えて甲斐国を発ち、京都に向かおうとしていたといわれる。しかしその途上で、一説には末期ガンを疑われる病で亡くなってしまった。

 

 信玄がもう少し長生きしたら「天下」を獲れていたのかどうか、歴史ファンの間ではよく話題になるテーマではある。仮に信玄が「天下」を目指し、それに成功していたところで、権力を保つことができたかは、彼の「お金の使い方」を見る限り、難しかったといわざるをえない気はする。

 

「人は城、人は石垣、人は堀」という武田信玄の名言が本当に彼の言葉であったとしても、それは信玄にとって、人民こそが彼を守ってくれるセーフティネットというくらいの意味しかなさそうだからだ。

 

 江戸時代以降、武田信玄など、なぜか人気が高い人物は「名君」として祭り上げられていく傾向が強い。その結果、都合のよいエピソードが盛られ、本当の人物像はわかりにくくなる。しかしお金に関する史料を掘り出すことができれば、そのメッキはもろくも剝がれてしまうのだ。

 

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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