1300年の時を経て甦る正倉院宝物 再現模造の歴史と継承される伝統・技術に触れよう
[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #095
2023年12月23日(土)~2024年2月25日(日)まで、明治神宮ミュージアムにて『正倉院宝物を受け継ぐ―明治天皇に始まる宝物模造の歴史―』が開催される。 本展では、明治以降の再現模造事業によって現代に甦った模造作品を通じて、天平文化に触れることができる。人類はその発祥の時から道具や美術品を作ってきた。その技法は長い年月をかけて発展し、より高度な工芸品へと進化してきた。その製作技法を研究し、そのままに再現するとなるととてつもない挑戦となるようだ。本稿ではその一端に触れたい。
■正倉院に納められた聖武天皇遺愛の品々
8世紀半ばの工芸品で最高級の物は、正倉院に納められています。現在残る古代の物は、墳墓に副葬されるなどして土に埋もれて出土する埋蔵文化財というものがほとんどですが、正倉院宝物は一度も土に埋もれたことがなく、大切に保存されてきた文物が伝承されています。
明治時代になると、正倉院宝物で長い年月を経て劣化したものなどは修復事業、再現模造事業が開始されました。しかし本格的に宝物と同じものを再現するという大事業に宮内庁正倉院事務所がチャレンジを始めたのは昭和47年(1972)からといえるでしょう。
某チャンネルのお宝鑑定番組では、本物か偽物かという判断をしています。それは本物なのかレプリカなのかということで、専門家なら見分けがつきます。正倉院宝物の再現は、そんなレベルの話ではありません。
「再現模造」といういい方をしますので、どうしても「模造品=レプリカ」という印象が付きまとってしまいますが、再現する根本的なテーマは「これまで保存されてきたかけがえのない宝物に、もし万一取り返しのつかないことがあったときに備える」ということと、「1300年前の最高峰の工芸技術を研究し伝承する」ということです。
つまり見た目や模様がそっくりなだけのレプリカ作りではなく、最初に作られた状態そのままを再現するという、とんでもない挑戦なのです。そのためには可能な限り本物を細部にわたって観察することから始まり、材料の解析、構造・工芸技法の解明をしなければなりません。
例えば、正倉院宝物の螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)を再現するとしましょう。そもそもこの五絃の琵琶は現代にはありません。消滅した楽器の再現に挑戦するのです。

螺鈿紫檀五絃琵琶
聖武天皇自ら演奏したと伝わる五絃琵琶。五絃琵琶が残っているのは、世界でも正倉院宝物の一点のみ。
提供:宮内庁正倉院事務所
1300年前に作られた五絃琵琶を再現する場合、まず琵琶本体の材質を調べて、どこの地域で伐採されたどんな種類の樹木が材料になっているのかを突き止めます。そして美しく飾られる螺鈿(らでん)の材料は何という貝で、どこの海域に生息するのかを解明します。使われている接着剤も慎重に調べ上げられます。そして肝心の絃を調べて、どんな蚕のどんな太さの繭糸が適しているのか、その強さや色調などを調べます。主な材料を突き止めるだけでも大変な研究になりますね。同時にすべての構造を精査しなければなりません。
螺鈿とは漆工芸の一技法で、夜光貝(やこうがい)やアワビなどの美しく輝く貝殻を薄く張り付けて装飾するもので、中国から伝わった技法です。紫檀(したん)とはとても貴重な樹木で本体の材木です。琵琶を構成するすべての材質と産地が判明すると、できるだけ同じ材料を調達します。
絃の材料とよじり方、張り方もすべて緻密に再現しなければなりません。弦に使われる絹糸は現代の蚕は改良されて太い糸を出すのですが、古代では非常に細い絹糸を使っていました。そこで、皇后陛下が皇居で飼われている日本古来の品種「小石丸」という蚕の繭が下賜されて使用することができました。小石丸の絹糸は細く丈夫で色も純白なのです。再現するというのは、それほど材料にも忠実性を求めるのです。
そして撥(ばち)があたる胴部にはエキゾチックな図様があらわされています。これも材料からすべてを再現します。過去に修理された跡がある場合など、その修理技法も調査しなければなりません。昭和47年以前の修理や修復はそれほど厳密ではない場合もありまして、1300年前の完成当時に復元するのは現代の人間国宝級の専門家にとっても、実に根気のいる大変な技術と作業であることは言うまでもありません。そして、1300年の時を経た宝物の“双子”が、15年もかかって、完成した当初の美しさで現代に誕生したのです。

酔胡王面
正倉院には、仏教儀式で使われた伎楽面が171面も伝わっている。伎楽とは、中国南部由来の仮面劇の一種で、これは酔胡王という西域の王の伎楽面である。
提供:宮内庁正倉院事務所
奈良時代にみられる文様絵画の再現も大仕事です。たとえば花文様は美しいグラデーションを顔料を使って精緻に描かれます。器物類や伎楽面のほか、奈良時代の大寺院の堂宇などにも多く用いられた高度な技法です。顔料の材質や溶き方まで研究し解明しないと同じものは描けません。このように宝物の再現模造は「贋作作り」とはまるで違う、極めて困難で高尚なチャレンジなのです。
多くの人の想いと努力によって誕生した模造作品の数々。2023年12月23日(土)~2024年2月25日の期間、東京明治神宮ミュージアムで開催の「正倉院宝物を受け継ぐ展」で是非ご覧ください。詳しくは月刊『歴史人』1月号(2023年12月6日発売)でも取り上げていますので、併せてお楽しみいただければと思います。

ⓒ「正倉院宝物を受け継ぐ」展実行委員会
伝統を再現する叡智と技
正倉院宝物を受け継ぐ
明治天皇にはじまる宝物模造の歴史
■主催:「正倉院宝物を受け継ぐ」展実行委員会
■特別協力:明治神宮
■協力:読売新聞社、TOPPAN、乃村工藝社、リクルート、ABCアーク、ヤマト運輸
■監修:宮内庁正倉院事務所■後援:国土交通省関東運輸局、東京都
■会場:明治神宮ミュージアム(東京都渋谷区代々木神園町1-1)
■会期:2023年12月23日(土)~2024年2月25日(日)
■休館日:木曜日 ※1月4日は開館
■開館時間:午前10時~午後4時30分(入場は閉館の30分前まで)
※初詣期間中、開館時間を延長する場合がございます。
■観覧料金(税込):一般1,500円、高大学生1,000円 ※中学生以下無料
■X(旧Twitter)公式アカウント:@Meiji_Jingu_M
詳細・最新情報はホームページから
https://www.shosoin-meijijingu.jp