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【戦国武将も大好きだった温泉】名将・武田信玄が、戦いのキズを癒した温泉とは!?

偉人の「入浴」エピソード


みんなが大好きな温泉!戦ばかりしていたと思われがちな戦国武将たちも入っていたと伝わっています。現代でも温泉は、自然のもつエネルギーが私たちの身体を癒してくれる特別な入浴施設。戦国武将たちもまた温泉のもつエネルギーで激闘のキズを癒していました。今回は甲斐(山梨県)の武将・武田信玄が戦いのキズや疲れを癒した温泉について一緒に探っていきましょう!


 

武田信玄像

山梨県の甲府駅前には武田信玄の立派な銅像が建っています。また駅から真っすぐ北へ行ったところに「武田神社」があります。かつて武田信玄の居館「躑躅ヶ崎館」(つつじがさきやかた)があったところで、いまは信玄自身を祀(まつ)る聖地です。山梨県、とくに甲府の人びとにとって、信玄は神さまのような存在であり、ご当地ヒーロー。あちこちで「信玄」の文字を見かけます。

 

おみやげに「信玄餅」(しんげんもち)を買ってもらったという人も多いでしょう。甲州名物の「ほうとう」も「信玄が陣中(じんちゅう)で食べていた」とか「信玄が考えた」とPRされています。本当かどうかわかりませんが、地元ではそれぐらいの人気者が武田信玄なのです。

 

そんななか、山梨や長野には「信玄の隠し湯」というものがあります。信玄つまり武田軍の兵が戦いの疲れや傷をいやしたと伝わる温泉地がいくつもあるのは、人気の高さのあらわれでしょう。

 

ただし、調べてみると本当に武田軍が湯治場(とうじば・温泉保養地)にしていた温泉地として史料に出てくるところは、ほんのわずかしかありません。なかでも「信玄が湯治した(入浴した)」と書いてある温泉地は、たった一ヵ所だけなのです。

 

その場所は、武田信玄の銅像が鎮座(ちんざ)するJR甲府駅から車で西へ10分ほど走らせたところにある「湯村(ゆむら)温泉」です。

 

武田信玄好きなら、一度は訪れてみたい、湯村温泉(筆者撮影)

 

街の中に溶け込みすぎていて、あまり温泉地のようには見えませんが、ここは古くは貴族たちの荘園(しょうえん)である「志摩庄」(しまのしょう)という、いわばお金持ちの別荘地(べっそうち)のようなところでした。あるとき、その一角に温泉が湧き出たので湯治客が集まりだして「志摩(しま)の湯」や「島の湯」と呼ばれるようになりました。

 

そして戦国時代、この一帯は武田家の支配下にあり、湯村山城(ゆむらやまじょう)が築かれました。湯の村にある山城、なんだかロマンがありますね。では、信玄が湯治に来たいきさつをお話しましょう。

 

1548(天文17)年、信玄は信濃(しなの)北部で、地元の有力豪族・村上義清(むらかみよしきよ)と合戦を行ないました。しかし、豪族(ごうぞく)たちは手強く、さすがの信玄もボロ負けしてしまいます。

 

板垣信方(いたがきのぶかた)、甘利虎泰(あまりとらやす)といった重臣(じゅうしん)たちが戦場で倒れ、信玄自身も2ヵ所、キズを負って退却(たいきゃく)しました。そのキズをいやすために駆け込んだのが、領内にある島の湯(湯村温泉)だったのです。

 

「味方も雑兵(ぞうひょう)ともに、七百余り討死のなかに・・・公も、うす手を二ヶ所おはせられ候(そうろう)。三十日の間、甲州島(こうしゅうしま)の湯にて御平癒(ごへいゆ)なり」という一文が、武田家の軍学書『甲陽軍鑑』(こうようぐんかん)にあります。30日間の湯治をおこなって、平癒(へいゆ)したというのです。

 

湯村温泉(筆者撮影)

 

そんな湯村温泉のお湯は、無色透明。見た目はふつうのお湯とそんなに変わらないのですが、とてもピュアでありながら、じっさいに入浴してみると、やさしく身体を包み込んでくれるような力があって、とても癒されます。

 

新田次郎(にったじろう)の小説『武田信玄』には、信玄が入浴する場面が書かれています。「なにもかも忘れて湯に浸(つ)かっていると、なにか生きるよろこびを感ずる」という文章から、よろいもかぶとも脱(ぬ)いで湯に身をまかせる信玄の姿が浮かんでくるようです。きっと、生き返るような気持ちよさだったのでしょう。

 

30日間は長い気もしますが、キズが完全になおるのには、それだけ時間がかかったに違いありません。また、お湯に浸かるだけではなく、栄養のある食事や睡眠もしっかりとって、じっくり治したのでしょう。

 

武田神社ももちろん立ち寄りたいスポット

 

温泉には、キズなどをお湯で直接治すというより、身体を活性化させて血のめぐりを良くしたり、自然治癒(ちゆ)力を促進(そくしん)させる効果があります。みなさんもケガをして、しばらくすると自然に治ったことがあると思います。

 

ケガをしたときは、まず傷口を清潔に保ち、安静にすることが大切です。また、お風呂に入って「ああ、気持ちいいなあ」と感じることも身体をストレスから解きはなち、元気にしてくれる大切な要素。そのためにも、信玄にとって温泉は最適な癒(いや)しの場所だったのでしょう。

 

暑い夏も終われば、お風呂が気持ちいい季節。城や観光名所めぐりで汗をかいたあとは、温泉を楽しむのもいいかもしれませんね。信玄ゆかりの湯村温泉、家族で訪ねてみてはいかがでしょうか。

 

 


《主要参考文献》『甲陽軍鑑(上・下)』高坂弾正著、山田弘道校訂(甲陽叢書/温故堂)、『戦国武将を癒やした温泉 名湯・隠し湯で歴史ロマンにつかる』上永哲矢著(山と溪谷社/天夢人)

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上永哲矢うえなが てつや

歴史著述家・紀行作家。神奈川県出身。日本の歴史および「三国志」をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、日本全国や中国各地や台湾の現地取材も精力的に行なう。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『戦国武将を癒やした温泉』(天夢人/山と渓谷社)、共著に『密教の聖地 高野山 その聖地に眠る偉人たち』(三栄)など。

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