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「ばらもん凧」に描かれた渡辺綱にかぶりつく鬼の正体とは?

鬼滅の戦史103


放送中の連続テレビ小説『舞いあがれ!』の主人公・舞をパイロットの世界へと導こうとしたのが、長崎県・五島列島に古くから伝わる伝統工芸品「ばらもん凧」だった。鬼が武者にかぶりつくという奇抜な絵柄は、いったい何を意味するのだろうか?


 

鬼が口を大きく開けて武者をパクリ!

五島列島の空を彩り代表的な民芸でもある「ばらもん凧」。撮影/藤井勝彦

 NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』が放送中だ。ものづくりの町・東大阪で生まれたヒロインの舞が、パイロットになる夢を叶えようとする物語。そのきっかけとなったのが、五島列島で古くから伝えられている伝統工芸品「ばらもん凧」だったというのをご存知だろうか? 五島の広い空を力強く舞いあがる、その勇姿に心躍らせたからというのだ。

 

 ではその「ばらもん凧」とは、いったいどのようなものなのだろうか? まずは、その姿から見てみることにしよう。

 

 ひと言で言えば、実に「奇抜な凧」である。おそらく誰もが、一目見たら忘れることのできない、インパクトの強い絵柄だ。描かれているのは鬼。ギョロッと目を見開いて真正面を向く鬼が、口を大きく開けて武者の兜にガブリ! 少々ユーモラスではあるものの、迫力満点である。

 

 描かれている兜が後ろ姿というところから、正面からかぶりつこうとする鬼をものともせず武者が立ち向かっていると見なされることもあるようだ。

 

 ちなみに、その名にある「ばらもん」とは、荒々しいとか元気者を言い表す五島の方言「ばらか」に由来するのだとか。絵柄もまさに荒々しくその名にふさわしいが、これが大空に舞いあがる光景は、さぞや豪快であるに違いない。男の子の初節句の際、子が元気に育つよう願いを込めて揚げるという、古くからの習わしだとか。

蒙古討伐軍大将・百合若大臣は蒙古襲来に対する討伐軍の大将に任命され、勝利するが、部下に孤島に置き去りにされる。しかし妻が宇佐神宮に祈願すると帰郷が叶い、裏切り者を成敗したという伝説。『木曾街道六十九次之内 深谷』/都立中央図書館蔵

武者は蒙古討伐軍大将・百合若大臣か、渡辺綱か、源頼光か?

 

 それにしてもこの凧、いったいどうしてこんな奇抜な絵柄なのだろうか? これだけでは判断しきれないが、ヒントとなるのが、五島列島のばらもん凧同様、鬼が武者にかぶりついている姿を描いた壱岐の「鬼凧(おんだこ)」や、平戸の「鬼洋蝶(おにようちょう)」である。こちらの兜には、武者の顔までもがしっかりと描かれているからだ。

 

 その武者というのが、鬼の大将・悪毒王を退治した蒙古(もうこ)討伐軍大将・百合若大臣(ゆりわかだいじん)や、嵯峨源氏の流れを汲む武将・渡辺綱(わたなべのつな)だと伝えられることもある。退治したはずの鬼が、最後のあがきとばかりに武者にかぶりついたとも伝えられているから、あくまでも主役は鬼を退治した側の武者だろう。

 

 ただし、百合若大臣はあくまでも伝説上の人物でしかないが、渡辺綱は実在の人物。嵯峨天皇の第12皇子・源融の子孫で、鬼の中の鬼と恐れられた酒呑童子(しゅてんどうじ)や、その配下の茨木童子 (いばらきどうじ)を退治したことでも知られる御仁である。この綱の主君は源頼光(みなもとのよりみつ)で、こちらは清和源氏の3代目。酒呑童子を退治した際、綱は頼光に命じられて共々力を合わせて酒呑童子を退治。その際、鬼がかぶりついたのは、実は頼光の方だ。

 

 それが、ここではなぜか綱として伝わっているのが不思議だ。もちろんそれは史実ではなく、あくまでも伝説上のお話だけに、指摘するほどのものではないのかもしれないが、なんとも奇妙なのだ。

 

鬼とは、松浦水軍を苦しめた元寇のことか?

 

 ここではたと思い起こすのが、綱の後裔(こうえい)のことである。そのひ孫に久という名の御仁がいるが、これが1069年に松浦郡宇野御厨(うののみくりや)の荘官に任じられ、松浦へと移り住んだことで松浦姓を名乗ったという。これが松浦氏の始まりといわれている。九州北西部を席巻した松浦水軍(松浦党)のことである。

 

 ちなみに、五島列島を席巻した五島氏は、もともと五島列島北部の宇久島(うくじま)で旗揚げした宇久氏が始まりで、後に南下して五島列島全域を掌握。その後、五島姓を名乗ったとされる。

 

 前述の松浦氏とこの五島氏が、具体的にどのような系譜で繋がるのか分かりにくいが、五島氏が松浦氏の支流にあたると言われることもある。何(いず)れにしても、松浦党という武士団の連合体の一員だったようである。このことから鑑みれば、この凧に描かれた武者とは、五島氏を含む松浦一族の象徴として描かれたのではないか?

 

 では、それにかぶりついた鬼とは誰か? 伝説から推察すれば、悪毒王や酒呑童子らと考えられそうだが、それはあくまでも象徴に過ぎない。

 

 鬼が、対象者にとって害を為す勢力の象徴であることはいうまでもないが、対象者が権力者であれば「まつろわぬ」一群のこと、庶民とすれば恐ろしい「略奪者」のことだろう。

 

 ここでの対象者を五島氏及び松浦氏とすれば、推測できそうなのが「元寇(げんこう)」のことである。1274年を皮切りとして大挙九州北部に押し寄せた元寇。3万とも4万とも言われる大軍を率いて押し寄せた蒙古と高麗の連合軍である。

 

 対馬、壱岐を経て、さらに南下する蒙古軍たち。ここで松浦水軍が果敢に抵抗するも、多くの陣が打ち破られ、ついには数百人もの人的被害を被ったとか。そんな一幕があったことを思い出していただきたいのだ。

 

 とすれば、その時の思いがこの凧に込められているのではないか。もちろん、これは筆者の推測にすぎない。真偽のほどは定かではないが、この奇妙な鬼と武者の対峙する凧を見て、ふとそんな妄想に駆られてしまったのである。

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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