十二鬼月・上弦の陸の堕姫のモチーフは、あのおぞましい山姥だったのか?
鬼滅の戦史㉙
山姥といえば、人を喰う恐ろしい鬼でありながらも、美しい花魁(おいらん)姿に化けて男を食う恐ろしい鬼であった。それは、『鬼滅の刃』十二鬼月・上弦の陸(ろく)の堕姫の妖艶さにも通じる。ただし、山姥が美女に変身して男を食らうのに対して、堕姫(だき)は見目麗しい女性が好み。食の好みの違いはあるものの、人間であった頃の罪で六道をさまよい、天人に生まれ変わりたいと願う儚さは似ているといえるだろうか?
山深き峠道をたどる旅人の男を寝屋に誘い込んでパクリ
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『山姥と金太郎・栗枝持』 喜多川歌麿筆 東京国立博物館蔵/ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
山深き峠道をたどる旅人が、今宵の寝所のアテもなく、薄暮の中をひとり心寂しく歩いていたとしよう。そこに、偶然通りがかったうら若き女性から、「お困りなら、我が家へお泊まりなさりませ」と声をかけられたとしたら、これにあらがえる男など、一体どのくらいいるのだろうか? ましてや、女が見目麗(みめうるわ)しいとなれば、旅の疲れも加わってか、ふらふらとついて行ってしまうのがオチである。その後は…と、つい妄想が広がってしまいそうだが、現実には、まずあり得ないことに違いない。仮にそんな状況に陥ったとすれば、それこそ、かの恐ろしい山姥の仕業と、心しておいた方が良さそうである。
言わずもがな山姥とは、山に住む老女の妖怪である。美女に化けて通りすがりの男を家に誘い込み、夜半寝静まったところを襲って食い殺してしまうという恐ろしい女なのだ。地域によっては、男を寝屋に誘い込んで一夜を共にするものの、男が精力を使い果たしてしまったところでパクリ。あっけなくお払い箱と言わんばかりに、食い殺してしまうと言い伝えるところもある。怪力の持ち主である上、猟師が撃った鉄砲の弾さえ手掴みするほどの能力を有していたというから、並みの男など、どうあがいても太刀打ちできそうもない。美貌を餌に男を惑わして破滅させるわけだから、言うまでもなく悪女。それも極め付けというべきだろう。「世の男性は美女にご注意!」と、警鐘を鳴らすために語られたかのようなお話である。ただし、現実世界の悪女は、社会的地位や名声、能力などを重視するから、金にも性的魅力にも恵まれない凡夫に悪女が近付いてくることはなさそう。悪女の弊害に悩まされる心配もないとなれば、むしろ幸いというべきかもしれないが…。
坂田時行と所帯を持った元遊女・八重桐は、母としての慈愛も
ともあれ、話を山姥に戻そう。この山姥、伝承では人を食う恐ろしい妖怪であるが、能や浄瑠璃、歌舞伎といった古典芸能で取り上げられる山姥の場合は、実のところ、少々様相が異なっている。そこでは、人を食う恐ろしい妖怪としての色合いは薄れ、男と女の情念が絡まり合った挙句、やむなく鬼女に成り果てた儚げな物語として語られることが多いようである。
例えば、近松門左衛門の浄瑠璃『嫗山姥(こもちやまんば)』では、坂田時行(ときゆき)と所帯を持った元遊女・八重桐(やえぎり)が登場。仇討ちの本懐を果たせず悶々と過ごす夫を妻・八重桐が詰(なじ)る場面へと展開していく。面目なしと自害した夫の悔しまみれの霊魂が、八重桐の体内に宿って子を成すとの奇妙な話に仕上がっている。その後夫の怨念がたたったものか、八重桐が夜叉のごとき鬼女に豹変してしまったというのだ。髪も解け、眼光鋭い山姥に成り果てたとか。ただし、子が生まれた後は、母としての役目をしっかりと果たしている。母となってからの山姥は、むしろ慈愛に満ちた風情が漂うほどである。
また、浄瑠璃『嫗山姥』の元ネタであった謡曲『山姥』においては、迷いの世界に生きざるを得なかった山姥が、極楽浄土への生まれ変わりを願うという仏教色の強い物語にまとめられている。山姥の曲舞を演じて当たりを取った百萬山姥こと遊女・百萬が、善光寺詣での旅の途中に出会った本物の山姥に、宿を提供する代わりとして、踊りを所望されるというところから物語が始まる。ここに登場する本物の山姥は、太陽の運行さえ自在に変えることができるという超能力の持ち主であった。それでも山姥としての罪の深さには耐えかねたようで、歌の力をもって六道をさまよう迷いの世界から脱し、天人へ生まれ変わりたいと願ったようだ。自らの罪業に悶え苦しみながらも生きざるを得なかった、儚くもか弱い女の情念が浮かび上がってくるかのようである。夜叉のごとく人々に恐れられた山姥も、その前身は、『鬼滅の刃』に登場する鬼同様、何がしの罪業を背負ったがゆえに、鬼へと変貌せざるを得なかった儚い人だったのである。
ちなみに、『鬼滅の刃』に登場する堕姫は、見目麗しい花魁(おいらん)姿に化けた鬼とあって、美女に変貌する山姥と通じるものがありそう。ただし、こちらは山姥と違って食らうのは女。しかも、見目麗しい女が好みというから、異色の山姥と言うべきか。人間であった頃、侍の目を簪(かんざし)で突いて失明させたことで、生きたまま焼かれたというおぞましい経験の持ち主でもある。ならばなぜ憎っくき男を食わなかったのか、少々解せないところである。ともあれ、最後には地獄の業火に落ち入るところなぞ、山姥の行く末を暗示しているようで、心苦しくなってしまうのだ。
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『山姥金太郎木彫根付』 郷誠之助氏寄贈 東京国立博物館蔵/ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
山姥が生んだ子・金太郎のその後は?
さて、前述の山姥が生んだ子の話に移りたい。実は、この子こそが童謡で語られることの多いかの金太郎であったと、まことしやかに語られているのだ。一説によれば、藤原道長の警護を務めた下毛野公時(しもつけののきんとき)がモデルとも。その生誕の地として知られるのが足柄山である。熊と相撲をしても負けなかったというほどの怪力の持ち主だったとも。
一方、『御伽草子』などでは、源頼光に才を認められ、坂田金時と名付けられて家臣となった後、渡辺綱(わたなべのつな)や卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)らと並ぶ「源頼光の四天王」のひとりとして活躍。大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)退治で手柄を上げたのも金時であった。
この金時の名は、かの『今昔物語集』にも登場している。ただし、ここでは勇壮な武将としての活躍ぶりは見られない。京の都の葵祭を見学した際、牛車に乗って優雅に見物しようとしたものの、車酔いして見学どころでなかったとの無様な様相が記されているのだ。その戯けた姿は、気負い立った武将話の中にあっては、むしろ一幅の清涼剤とも思えて、ホッとさせられてしまうのである。