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山奥で「女神見習い」に出会った狩人 美しい少女の願い事とは?

世にも不思議な江戸時代⑫


市ヶ谷の寺に、筋骨たくましい老僧がいた。彼はもともと狩人だったが、あることがきっかけで僧になったという。


 

■狩人が山奥で出会った少女の正体

 

 市ヶ谷の自証院にある僧がいた。老年なのに筋骨たくましく朝食を摂った後、すぐに薪用の木を伐り、落ち葉を拾い集めるなど、一日中働くのを自分の役目と考えていた。こういうことに関しては若い人よりも勝っていたという。

 

 この僧は、尾張一ノ宮の生まれで、子どものころから狩りを好み、飛騨に移って狩人になった。飛騨だけでなく加賀、越中、越前などまでも山続きに渡り歩き、何日も山に留まるなどして暮らしていた。そうした生活の中で怖いと思ったことはないという。ただし、一度だけ不思議に思ったことがあった。

 

 ある時、しばらく獲物とめぐり合わなかったので、里には帰らず、山深いところへ入っていった。その場所で夜を明かし、朝早く猪でも狙おうと待ち構えていたところ、はるか向こうの山の方から篠竹を踏み分けて自分の方に向かって来るものがあった。何者なのかと思い目を凝らして見ていると、女性だった。ここは山深いところで、昼間でも女性が来られるような場所ではない。しかもまだ薄暗い早朝で、絶対に無理だと思われた。

 

 今までキツネやタヌキに化かされたことはないが、これはもしかしたら、自分はすでに亡くなっていて、それを迎えに来たものかもしれないと考えた。

 

 だが、自分は鉄砲を持っている。これで攻撃すれば助かるかもしれない。そう思い、鉄砲に玉を込めて相手がもっと近づいてくるのを待ち、女性がちょうどよいところまで近づいたので、鉄砲を構えた。

それを見た女性は

「鉄砲を撃つのはやめなさい。私はあなたにお願いがあって来たのです。決して害をなすものではありません。私を狙っていたのでは近づくことができません。この距離では私の申し上げることは聞き取り難いでしょう」

 

 女性の声はしとやかで、言葉にもおかしなところがなかった。狩人は緊張を少し和らげて、女性に近づいた。近くで見ると女性は1617歳の少女で美しい顔立ちをしていた。

「私を撃とうとしても鉄砲はききません。とにかく心を穏やかにして私の話を聞いてください」

というので、狩人はこの少女の話を聞いてみようという気になった。

「私は、飯田藩領の某村の娘です。今から13年前、近くの川に洗濯に行き、そのまま山の神となりました。しかし、そのことを故郷に伝えることができませんでした。そのため両親はこのことを知らず見えなくなった日を私の命日としてねんごろにとむらい、供養してくださいます。とてもありがたいことなのですが、それが私には障害となっています。実は功を積んだので、来年、昇進して鈴鹿山の神となることになりました。その年は私の13回忌にあたるので、両親は法事を行うことでしょう。しかし、仏事供養をするとそれが障害となり、私は鈴鹿山の神になることができません。そこでこのことを誰かに伝えてほしいと、あなたにお声をかけたのです」

 

 この少女の言葉に、狩人はきっと希望にそうよう約束して別れた。その後狩人は少女の両親を訪ねて山での出来事を詳しく話した。両親は少女が生きていることをとても喜んだが、ひとつ不思議なことがあった。少女が見えなくなったのが16歳だったそうだが、狩人が会った時にもそれぐらいにしか見えなかったのだ。

 

 このことがきっかけで発心して狩人をやめて名古屋で武家奉公したのちに江戸に出て僧になったそうだ。

 

三代将軍徳川家光の側室で、千代姫を産んだお振りの方縁の寺。そのため、寺の扉には葵の紋が使用されている。この話以外にもこの寺を舞台とした不思議な話が伝わっている。

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過去記事

加唐 亜紀

1966年、東京都出身。編集プロダクションなどを経てフリーの編集者兼ライター。日本銃砲史学会会員。著書に『ビジュアルワイド図解 古事記・日本書紀』西東社、『ビジュアルワイド図解 日本の合戦』西東社、『新幹線から見える日本の名城』ウェッジなどがある。

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