×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画
歴史人Kids
動画

妹分の舞妓の“初体験”と引き換えに援助を受け…… 明治の美少女・高岡たつが経験した地獄の「水揚げ」

炎上とスキャンダルの歴史


■後に「伝説の芸者」になる高岡たつの舞妓時代

 

 明治42年(1909年)、13歳になったばかりの美少女・高岡たつは、飲んだくれの職人の父親から、大阪・宗右衛門町の置屋に200円の対価で売り飛ばされました。舞妓になろうとしたのですが、幼い頃から稽古を受けてきた舞ひとつをとっても、「たつ」には妙なクセがあり、宗右衛門町という花街の水準には達していませんでした。

 

 ゆえに「たつ」は舞妓見習いとして、昼は楽器や踊りの稽古、夜は様々なお座敷を転々とする試練の日々を過ごします。8ヶ月に及ぶ研修が終わり、ようやく113日、「たつ」は「千代葉」という源氏名をもらって正式な舞妓となったのでした。

 

 しかし……、本当の苦労はここからです。舞妓たちのデビューつまり「お披露目」に相当する「店出し」をするにつけ、舞妓たちは姉さん分にあたる先輩芸者の旦那に金銭負担をしてもらわなければ、何もできないのでした。これが花街の掟です。

 

 照葉の姉さん分にあたるのは、同じ加賀屋に所属する売れっ子芸者・八千代です。しかし八千代は親子ほど年が離れた旦那に岡惚れしており、その旦那の経済状況がよくないことにもイラついていました。妹分のお披露目資金を旦那におねだりできる状態ではありません。かわりに千代葉が所属する置屋・加賀屋の女将さんが「何千円という借金をして」千代葉のことを「店出し」してくれたのでした。

 

 舞妓としてデビューした直後から、千代葉は西園寺公望のお座敷にも出してもらうなど、なかなか幸先の良い滑り出しを見せたのですが、そこに地獄の口が突然開き、飲み込まれてしまうのでした。

 

 舞妓になってわずか1ヶ月後の明治4212月のある晩、千代葉は姉さん分の芸者・八千代の指図で、桐壺という旅館に呼び出されます。そして「四十五、六歳ぐらいの、でっぷりと超えた、色白の丸顔に短いヒゲを生やし、髪をきれいに分けた」梅原を紹介され、彼の手で「(千代葉を)女にしてもらう」と八千代から告げられたのでした。

 

 これが「水揚げ」です。芸者たちの世界――つまり花柳界では、初体験の相手すら選べません。「色街の通」とされる裕福な年長者の手で、舞妓の処女が奪われることが通例でしたが、千代葉の場合は舞妓になってからわずか1ヶ月で、しかも姉さん分にあたる八千代の都合で決定したのでした。

 

 梅原は八千代の元・旦那の一人です。八千代がのちに出版した自伝『花喰鳥』ではボカされているものの、どうやら本命の旦那からの送金が滞りがちの八千代は、「若い女」をお好みの梅原から援助を受け、その「対価」として、千代葉の処女が差し出されたという構図のようです。

 

 しかも当時、13歳の千代葉は初潮すら迎えておらず、行為自体が不可能でした。つまり形だけの「水揚げ」でしたが、それだけでも八千代は梅原への「義理を果たすのには十分」とされたのでした。というか、梅原は八千代の妹分となった舞妓たちの「水揚げ」を専門に請け負う客だったとか……

 

 アメリカの「エプシュタイン事件」をも彷彿とさせ、現代の感覚では震えるほどおぞましい光景ですが、千代葉の説明だと「たいてい、十六、七歳の内に三回程度の旦那をとらされる」のが常でした。それが「水揚げ」の現実で、何回も、長期間に渡って続く苦行だったことがうかがえます。

 

 しかもその水揚げ代は舞妓・芸者が所属する置屋こと「家形とお茶屋(=座敷)、男衆の三者で定められ、その割合に応じて分けられていた」。舞妓の懐にはまったく入らないのでした。つまり、千代葉の養母である女将が、彼女を舞妓としてデビューさせるのにかかった「何千円」もの借金はこうして賄われたのです。

 

 また「水揚げ」とは、まだ子どものような舞妓たちに早い時期から「自分はただの商品である」という自覚を叩き込み、彼女たちから正常な自尊心を奪うために必要な儀式だったのでしょう。そして花街という地獄を生き抜くため、少女は客だけでなく、年上の女たちにも媚を売らねばならないという現実を受け入れさせられるのです。見かけが華やかであればあるほど、花街は恐ろしい世界でした。

イメージ/イラストAC

KEYWORDS:

過去記事

堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

最新号案内

『歴史人』2026年2月号

豊臣兄弟の真実

秀吉・秀長兄弟による天下統一は、どのようにして成し遂げられたのか? 大河ドラマ「豊臣兄弟!」などの時代考証者らによる座談会や、秀長の生涯を追いながら、その全貌をひも解く。