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政治に期待しては裏切られ…汚職政治や大統領の世襲、権力闘争「フィリピンのトランプ」はなぜ支持されたのか? 

歴史でひもとく国際情勢


 

前編/【フィリピンはなぜ独裁者が君臨できるのか? 「マルコス王朝」フィリピンで、世襲一族同士の争いが続く理由】からの続き

 

■フィリピンの政治汚職

 

「ピープルパワー革命」後のフィリピンでは1986年から2004年まで、コラソン・アキノ、フィデル・ラモス、ジョセフ・エストラダ、グロリア・アロヨと大統領が続きますが、いずれも政治汚職や癒着、公金の私的利用などが問題視されました。特にエストラダとアロヨは、自身が不正蓄財や公金流用に手を染めていたことが明らかになっています。

 

 政治汚職は、フィリピンが抱える根深い問題です。大統領の汚職となるとその規模は桁違いなのですが、金額の規模に関わらず、上は大統領、下は末端の警察官や行政職員まで、フィリピンでは賄賂や裏金が幅を利かせる社会です。

 

 一族の結束が強く、誰か一人が栄達するとその権勢に皆でたかろうとする文化や、特に地方に強い「親分」から利益の分け前をもらう代わりに忠誠を尽くす「クライエンテリズム(親分・子分関係)」が関係していると考えられます。

 

 また、マルコス独裁後の憲法改正で、一党独裁の反省から多党化が進み、議員の党籍変更が認められたことで、大統領選挙の際に議員が「勝ち馬に乗ろう」として、有力候補の党に一斉に鞍替えするという節操のない政治文化も根付いています。党ではなく、有力な人物の周りに人が集まるわけです。そして有力な人物は、判を押したように「汚職撲滅」「地方や貧困層の救済」「社会の規律や治安の回復」を訴えます。人々は「今度こそ社会が変わるかもしれない」と期待して投票するものの、当選した有力候補は腐敗して自分の一族に利益誘導するというサイクルをずっと繰り返しているのです。

 

■ドゥテルテ政権を支えたもの

 

 グロリア・アロヨの次の大統領は、コラソン・アキノの長男ベニグノ・アキノ3世(通称ノイノイ)でした。名門アキノ家の大統領は、北部ルソン島を中心に高い支持率を得て、経済成長も堅実に進めたものの、インフラ整備や外資規制改革などを進めることができませんでした。ノイノイ自身は清廉で汚職はなかったものの、それが故に、人々を巻き込んでプロジェクトを進めることができなかったわけです。

 

 そして2016年の大統領選挙で勝利したのが、南部ミンダナオ島のダバオ市長だったロドリゴ・ドゥテルテです。彼はダバオ市の治安を回復させた実績があり、「フィリピンのトランプ」の異名を持つ強面の放言家です。おぼっちゃまで優柔不断に見えたノイノイと比べて、「庶民感覚を持つ腕っぷしの強い親父」のイメージが人々に新鮮に映りました。

 

 ドゥテルテは「治安の回復」の名の下、麻薬密売人と疑われる人物を捕らえ、司法手続きを取らずに超法規的に死刑にしていきました。実際に「麻薬戦争」以降、殺人件数は2016年と2019年を比較すると半分になり、目に見える成果が出ました。しかし、誤解やミスにより捕らえられ殺害された人物も数多くいて、国際的な人権団体から多くの批判を浴びました。実際に2025年現在、ドゥテルテは人権侵害により国際刑事裁判所によって身柄を拘束されています。

 

 ドゥテルテ政権下では、コロナ禍もあって経済が低迷し、相変わらずの政治腐敗があったものの、飾らないドゥテルテのキャラクターや、米国に「NO」と言える強面が人々に受けて、政権後半まで高い支持率を維持しました。

 

 フィリピンは2000年代中頃から高度経済成長を経験し、中間層が年々増加しています。日本や米国、EUなど他の国では、中間層が没落して富裕層と貧困層に二極化が進んでいるため、貧困層に支持されたポピュリスト政治家や権威主義的な体制が支持される傾向が強いのですが、なぜ中間層が増加しているフィリピンで、ドゥテルテのような人物が支持されたのでしょうか。

 

 それは、フィリピンの若年層人口が多く、確かに中間層は増えているものの、劣悪な労働環境や居住環境から抜け出せない人口がかなり多いためです。

 

 フィリピンの人口の40%24歳以下で、企業は彼ら若い労働力を安く買い叩くことができます。フードデリバリーサービスや日雇いバイトなど、不安定な収入で若者は糊口をしのいでいます。

 

 若い彼らは「勤勉」「規律」を美徳として、伝統的な「親分からの分配」や「成功した一族にたかる」といったメンタリティに嫌悪感を感じる世代です。しかしがんばって働いても社会的・経済的な成功は難しく、むしろ社会に寄生する連中が幅を利かせていることにフラストレーションを抱えています。こうしたメンタリティを持つ人々が、「社会の寄生虫」を取り除こうとする(姿勢を見せる)ドゥテルテを支持するわけです。

 

 記事の前半で述べた通り、ドゥテルテ退任後は、マルコス・シニアの息子であるボンボンが、ドゥテルテの娘サラと組んで大統領選に出馬し勝利しました。なぜ独裁体制を築いた一族が政権にカムバックできたのか不思議です。

 

 要因は色々ありますが、当時の抑圧を知らない世代が増え、「マルコス・シニアの時代は黄金時代だった」という文脈がSNSで広く語られ信じられたこと。ドゥテルテ支持者が後継者サラに従ったこと。マルコス・シニアの時代に恩恵を受けた人々や地域が根強くマルコス家を支持したこと。こういった理由が考えられます。

 

 そしてすぐにボンボンとサラが敵対的になったのも、ここまで読むと、その背景を何となく理解できるのではないかと思います。権力者と利益集団の関係、世代間の感覚の違い。そして伝統的なフィリピンの一族の繋がりの強さや縁故主義。

 

 そうしたフィリピンの歴史や文化が、「家同士の政治闘争」という前近代的に見える状況を生み出しているのです。

 

フィリピンペソ

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尾登雄平おとうゆうへい

1984年福岡県生まれ。出版社にて勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集するブログ「歴ログ-世界史専門ブログ-」、YouTubeチャンネル「歴ログ-世界史専門チャンネル-」を運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著者に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)がある。

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