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「カネ」と「コネ」社会の弊害か? 想像を絶する汚職、2年連続で首相が失職…「世界一不平等な国」と評されたタイ王国

歴史でひもとく国際情勢


 東南アジアのタイは冷戦時代、周辺国に比べると政治が安定し民主主義が定着した国で、かつては「民主主義の優等生」とされてきました。

 

 しかし、2006年と2014年にクーデターが起こって文民政権が打倒され、軍が強い政治的影響力を握るようになりました。2023年に総選挙が再開されて以降は、軍と文民との間で権力闘争が繰り広げられ、不安定な状態となっています。

 

 20259月、新首相として実業家でタイ名誉党党首のアヌティンが選ばれました。

 

 前の首相は、2000年代に辣腕を振るったタクシンの娘で、タイ貢献党のペートンタンです。彼女は2025年に加熱したカンボジアとの国境紛争の際、カンボジア上院議長のフン・センと電話会談した際の不適切な音声がマスコミにリークされ、国民の批判を受けて、就任から約1年で憲法裁判所に職務停止を命じられました。ちなみにペートンタンの前の首相セターも憲法裁判所により約1年で解職させられました。

 

 昨今の怪しい政治状況の中で、タイの民主主義レベルは「危機状態」とみなされています。なぜタイの民主主義は安定しないのか、その理由を歴史的な経緯から探っていきます。

 

「外来人国家」アユタヤ

 

 現在のタイの王朝は、1782年にラーマ1世が設立したチャクリー朝です。その直接的なルーツは、14世紀から1767年まで存在したアユタヤ朝にあります。ラーマ1世はアユタヤ朝に仕えた軍人でした。

 

 アユタヤ朝はチャオプラヤ川中流域のアユタヤにありました。巨大な河川港を備えた王都アユタヤは、中国や日本、東南アジア、インド、中東、欧州などとの貿易で栄えました。貿易立国という特性から、アユタヤは多種多様な人種がやってきて、経済のみならず政治分野でも活躍しました。江戸時代初期に山田長政という日本人も、国王の側近にまで出世しています。

 

 国王はタイ人でしたが、実務を行うのは外国人の政治家で、彼らは自国出身者グループの代表者でもありました。山田長政も日本人商人・武装集団の頭領であったわけです。そういうわけなので、外国人政治家同士の激しい権力闘争が繰り広げられるし、コミュニケーションが取りづらい集団同士の価値観や人間関係は基本的には「カネ」で動くようになりました。その延長線として「コネ」が重要視されるようになります。コネを駆使してカネを稼ぐのです。

 

 通常、人間関係では信用が重要ですが、多言語・多文化の社会ではなかなか異集団間での信用が生まれづらく、安定した関係の構築が困難でした。そのため、取引が終わると関係が終わることになります。「カネの切れ目が縁の切れ目」というやつです。

 

近代化以降も受け継がれる外来人国家の性格

 

 アユタヤ朝が崩壊し、短期間のトンブリー朝(1767〜1782)を挟んで、チャクリー朝(1782〜現在)が成立します。第3代ラーマ3世の時代には隣国のビルマがイギリスの侵攻を受け、第4代のラーマ4世の時代には、ベトナムがフランスの侵攻を受けました。

 

 列強の侵略から国を守るため、ラーマ4世やラーマ5世は、シャム王国を「近代的国家」に生まれ変わらそうと、中央集権化政策を進め、政治・教育制・軍事などの諸制度も近代化を進めていきました。

 

 1932年には立憲革命が起き、国王親政が廃止されました。この革命を主導した軍人プレークピブンソンクラームは、「ラッタニヨム」と呼ばれる強力な愛国主義政策を推進しました。タイ語教育の普及や民族衣装の制限を行うとともに、国号をシャム王国からタイ王国に変更。国旗も現在のものに変更し、国旗掲揚と国歌斉唱の際は、人々に必ず起立することをルール化しました。

 

 こうして国の形や制度は近代化していったものの、人々の意識はまだアユタヤ朝時代の「外来人国家」の性格を残していると言われています。人々同士の信用の潤滑油は「カネとコネ」という感覚です。

 

 タイでビジネスをしたことがある人は理解できると思いますが、タイではとにかくビジネスパートナーや従業員を繋ぎ止めることが難しいです。昨日までニコニコ働いていた従業員が突然バックれる。給料が高い会社に転職してしまう。何も相談なしにバンコクや外国に引っ越してしまう。そのあたりを理解できている日本企業は、従業員への誕生日やクリスマスのプレゼントを欠かさないし、パーティーや旅行を定期的に開催するなど、「飴」を定期的に与えて気持ちを繋ぎ止めようとします。

 

 これが政財界の上のほうになると、政治ポストをカネで売買したり、自派の議員に利権を渡したり、巨額の利益誘導やキックバックを渡したりなど、想像を絶する「汚職(コーラップチャン)」が繰り広げられます。

 

 ちなみに2018年、スイスの金融機関クレディ・スイスは、タイは人口の1パーセントが66.9パーセントの富を所有する「世界一不平等な国」だと発表し話題となりました。

 

 一般の人々はこういった政財界の腐敗を嘆くわけですが、そんな彼らも入学や就職、昇進といった人生の契機には、「カネとコネ」を用いて世渡りしているのです。

 

 このようなタイ人の特性を利用して強大な権力を握ったのが、タクシンという政治家でした。

 

次編:バラマキ政策で貧困層の支持を得るも、バランサーを失い「軍部の介入」を招く タイの民主主義の行方はどうなるのか?に続く

 

写真/AC

 

 

 

 

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尾登雄平おとうゆうへい

1984年福岡県生まれ。出版社にて勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集するブログ「歴ログ-世界史専門ブログ-」、YouTubeチャンネル「歴ログ-世界史専門チャンネル-」を運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著者に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)がある。

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