なぜロシアは過剰なまでに「欧州の東進」を恐れるのか? 終りが見えないウクライナ戦争が示す根源的な歴史認識
歴史でひもとく国際情勢
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、アメリカなどを仲介として停戦協議の試みが何度か行われています。しかし2025年7月11日時点で、あまりうまくいっておらず、戦争が終結する見込みはたっていません。その理由の一つとして、停戦協議に入る前提としてロシアが要求しているのが「ウクライナの中立化(という名の親ロシア政権の樹立)」「ウクライナ軍の縮小」という、事実上ウクライナをロシアの属国にする条件だからです。到底ウクライナは飲めるわけはありません。ところでそもそも、なぜロシアはウクライナを「属国」にしておきたいのでしょうか。今回は「欧州の東進」という観点からウクライナ問題を見ていきたいと思います。
■「欧州の東進」の歴史
「欧州の東進」とは、西欧は歴史的にロシアの領土を奪いに軍事侵攻をしてきたという観念です。
ロシアの心臓部であるモスクワは東ヨーロッパ平原に位置し、周囲に山脈や川など自然の防御がないため非常に攻められやすい都市です。周囲は平原のため軍が移動しやすく、一度大軍がやってきたら防御するのは非常に困難です。
歴史的にロシアは外敵から何度も侵略をされてきて、その都度人々の抵抗運動によって追い払ってきた歴史があります。モンゴルのように東からやってきたケースもありますが、大抵侵略軍は西からやってきました。
始まりは13世紀のドイツ騎士団の侵攻にあります。
ドイツ騎士団は現在のポーランドのマルボルクを拠点にしてバルト海沿地域に進出し、現在のエストニアのペイプシ湖(チュード湖)にまで到達しました。ここでドイツ騎士団とアレクサンドル・ネフスキー率いるノヴゴロド公国軍が戦い、ネフスキーが勝利を収めました。これによりドイツ騎士団の東進は終わり、ペイプシ湖が「欧州とロシアの境界」と言われることになります。
17世紀前半には、ロシア(ロシア・ツァーリ国)は宮廷内の争いや飢饉によって混乱状態となり、民衆蜂起や皇位簒奪者によるクーデターが相次ぎました。ここでポーランド・リトアニア共和国が内戦に介入し、国王ジグムント3世率いる軍がモスクワを占領しました。ロシア側は商人のクジマ・ミーニンをはじめとした義勇兵の蜂起があり、ポーランド兵を撤退に追いやりました。
19世紀前半にはナポレオンによるロシア遠征が起こります。ナポレオンはヨーロッパ制覇を目指してロシアに侵入し、1812年9月にモスクワを占領するも、ロシア側はモスクワに火を放つ焦土戦を展開しながら、ゲリラ戦争を展開したことに加え、真冬の気候の厳しさでフランス軍は消耗していき、撤退を余儀なくされました。
第2次世界大戦の「独ソ戦」でも、ドイツ軍は電撃戦でモスクワ近郊にまで攻め入るも、スターリングラード攻防戦で敗北して以降、形成が逆転します。ソ連軍は多大な犠牲者を出しつつもドイツ軍が占領した地域を奪い返し、そればかりかソ連領内を超えてドイツ本国にまで進撃して首都ベルリンをいち早く占領し、ナチス・ドイツに引導を渡しました。
■自国の周囲に緩衝地帯を作る
このような歴史があるため、ロシア人は歴史的に西への防備を固め、なるべくロシアの中心部に侵略軍がやってこないように、自国の周囲を「緩衝地帯」で固めようとしてきました。
その最も分かりやすい例がソビエト連邦(ソ連)による「東側諸国」の拡大です。
第二次世界大戦でナチス・ドイツを打ち破ったソ連は、自軍が占領した地域に傀儡国家を打ち立てていきました。東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、モルドバ、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア、ラトビア、エストニアといった国で、自分の息のかかった政権を築きました。
味方になる社会主義体制の陣営を増やしたいという意向もありましたが、これらの東ヨーロッパ諸国を巨大な緩衝地帯にして、米英をはじめとした西側諸国がロシアの本土に入ってこられないようにする目的もありました。
ソ連はこれらの衛星国と共に集団安全保障である「ワルシャワ条約機構」を結成し、西側諸国が緩衝地帯に入ったら即軍事対応できる体制を築きます。さらにソ連は核ミサイルを衛星国の各地に配備して、アメリカの核の脅威から身を守ろうとしました。
はたから見たら、防衛反応がどんどん過敏になって、まるでハリネズミのハリがどんどん巨大化していっているように見えます。しかしロシア人はそうでもしないと安心できなかったのかもしれません。
■緩衝地帯から出ようとするウクライナ
1991年にソ連が崩壊し、東側陣営諸国が相次いで社会主義を捨てて民主主義を採用し、西側諸国の安全保障の枠組みである「北大西洋条約機構(NATO)」に加入していきました。
これは旧東側諸国が望んだことであったのですが、旧ソ連の母体であるロシアからすると、「西側諸国が東側諸国をたぶらかして自分たちの勢力圏に取り込んだ」というふうに映りました。
NATO加盟国はどんどん増えていき、とうとうロシアが自らの縄張りだと考えるウクライナも西側に入ろうとしました。そのためロシアは国際法をも無視した手法で、強引にウクライナを自分の縄張りに固定させ、NATO加盟を全力で阻止しようとしているのです。そのため停戦交渉でも、「ウクライナの中立化」「ウクライナ軍の縮小」を執拗に求めているのです。
ロシアがウクライナを自分たちの縄張りに止めようとする理由はこれだけではなく、ロシア国家の起源であるキエフ公国があった場所であるという歴史的認識や、ウクライナを「小ロシア」であるとみなす地理的・人種的認識、正教(オーソドックス)はカトリックやプロテスタント信仰とは相容れないという宗教的な感情もあります。
現在ウクライナに対して行なっている軍事侵攻は明らかな国際法違反なので、賛同も賞賛もする必要はありませんが、ロシアが「欧州(米国も含む)があの手この手でロシアに介入し、大国である自分たちの地位や、伝統や文化を破壊しようとしている」と恐怖を抱いていることが根底にある点は、理解はしておいたほうがいいでしょう。

ロシアの政治と文化の中心クレムリン 写真/AC