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なぜ、中国政府は「台湾・香港の独立」を認めないのか? 『一つの中国』という大いなる野望が「一国二制度」を骨抜きにする

歴史でひもとく国際情勢


 

■なぜ中国は「一つ」でないといけないのか

 

 外国人からすると、「別に中国が二つあろうが、そんなに深刻な問題じゃないのでは?」と思ってしまうのですが、なぜ「中国は一つでないといけない」のでしょうか。

 

 この観念の歴史は古く、時代は紀元前221年、秦の始皇帝による初の中国統一の時代にまで遡ります。人気の漫画『キングダム』の舞台となっている時代なので、ご存知の方も多いでしょう。古代の周王朝が権威を失い、地方の諸侯が自立して互いに勢力拡大を目指して争う春秋戦国時代は、約550年もの間続きました。この戦乱を終わらせたのが始皇帝であり、「中国は一つの国家でなくてはならない」という観念がここで初めて誕生しました。

 

 その後の歴史でも、三国時代や六朝時代、南北朝時代など、中国大陸は何度も分断状態になっているのですが、隋や唐、元、明、清といった大国が現れて「統一」を回復するという歩みをしてきました。これらの統一王朝は強大な政治力・経済力・技術力・文化力を持ち、中国はアジアの周辺国のみならず、遠くはアラブやヨーロッパの人々を惹きつける磁場であり続けました。

 

 中華・中国は、「中央」とか「中心」という意味があります。そのまま、自国が世界の中心であるという意味です。世界の中心である中国は、あらゆる点で巨大である必要があります。分裂した「弱い」状態であってはならないのです。

 

■「屈辱の歴史」から生じた香港問題

 

 もう一つ重要なものとして、「外国にコントロールされない自主独立国家でいたい」という思いが中国は非常に強いという点が挙げられます。これは特に19世紀以降の近現代史で顕著な観念です。

 

 中国は清の時代の19世紀から20世紀前半にかけて、西欧や日本によって不平等条約を押し付けられて主権を侵害され、領土を好き勝手に蚕食されたという屈辱の歴史を持ちます。英国にはアヘン戦争によって香港を割譲させられ、フランスには清仏戦争でベトナムを奪われ、日本には台湾を奪われ、満州に勝手に国を作られ、本土への大規模な侵略を許しました。

 

 辛亥革命から現代に至る中国の歴史は、大きく傷ついた「中国のプライドと誇り」をいかにして回復させるかの歴史でもあります。中国の歴代の指導者、孫文、蒋介石、毛沢東、周恩来らはその時代ごとに、中国の権威や栄光の回復に腐心してきました。そして現在の習近平主席も、世界第二位となった経済力や科学技術力によって、かつての栄光の大国を現代に甦らせようとしているのです。

 

 その目的を達成するために邪魔なものがあります。それは「外国勢力の干渉」です。

例えば人権侵害や軍拡、他国への領域侵犯、国際法の遵守といった点で、私たちの目から見て中国は問題が多い国で、米国や欧州などから注意や勧告をたびたび受けています。これは中国から見ると「自分たちの自由に対する干渉だ」と映ります。

 

 ちなみに、中国も国として「自由」を重視していますが、ここで言う自由は日本人が考えるものとは異なります。日本人が考える自由は「個人の自由」ですが、中国が言う自由は「国家の自由」。つまり、外国の言いなりにならずに、自己決定ができることを意味します。国家の自由のためであれば、個人の自由を侵害してもOKなのです。

 

 香港で2020年に「国家安全維持法」が制定され、事実上「一国二制度」が破棄されてしまったことは前編で述べました。中国政府の視点から見ると、一国二制度では「外国のスパイや不安分子が入り込んでしまう」ため、「国家分裂の危機」を招きかねないと考えます。「一つの中国」の原則を否定したり、中国政府の見解と異なる価値観を広めたりする活動をされては困るので、香港市民の政治的自由を奪う必要があったのです。それも「自由」のためであるわけです。

 

■大国でありたいという思い

 

 なぜ中国が台湾や香港の独立を認めないのかの理由が、感覚的に少しお分かりいただけたかと思います。日本人からすると不思議に思っても、向こうの立場になって物事を見てみると、理解できる事柄も多くなります。

 

 とはいえ、その論理は非常に「内向き」で、外国人からすると「そんなもの知ったこっちゃない」というのが正直なところです。なぜ中国人の論理に我々が合わせてあげないといけないのかと思ってしまいます。軍事的な脅威や地政学的なリスクなど、我々日本人も多大な影響を受けています。

 

 せめて私たちができることは、「大国でありたい」という中国人の思いは理解しつつ、人権侵害や国際法無視、他国への挑発といった明らかに誤っている行動や言動については「間違っている」としつこく言い続け、人類が安全で豊かに暮らすために、できることをやっていくしかないのだろうと思います。

 

前編 「二つの中国は認めない」台湾や香港の自由を脅かす“中国の露骨”な行為 その裏側にある歴史的経緯とは?/後編の後編>

 

イラスト/AC

 

 

 

 

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尾登雄平おとうゆうへい

1984年福岡県生まれ。出版社にて勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集するブログ「歴ログ-世界史専門ブログ-」、YouTubeチャンネル「歴ログ-世界史専門チャンネル-」を運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著者に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)がある。

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