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過競争社会の“中国から脱出”するのは、むしろ「勝ち組」これも歴史的な中国人の移住行動の一環なのか

歴史でひもとく国際情勢


前編/「潤(ルン)」とはいったい何か? 背景には生きづらさと“弱肉強食”の歴史があった 

 

清朝を揺るがした太平天国の乱

 

 19世紀半ばに江南(こうなん)・華南(かなん)で大事件が起こります。1851年から1864年にかけて起こった太平天国の乱です。

 

 キリスト教をもとにした新興宗教・天上帝会(てんじょうていかい)をおこした洪秀全(こうしゅうぜん)が、広西省の金田村で蜂起し、農民反乱軍を集めて都市を陥とし、南京を都にして「太平天国」という独立国家を樹立させました。大都市・南京が占領され、国内にもう一つデカい独立国を作られたという点も清朝にとっては大きな衝撃でしたが、経済の中心地を奪われた点も大ダメージでした。

 

 なぜ太平天国の乱が拡大し、国が急速に拡大したのか。

 

 それは、華南での競争に敗れ、行き場を失い貧困に喘いでいた人たちが、「天下の人々をみな暖衣飽食させる」という理想に惹かれて次々に集まってきたからでした。彼らは辺境に入植したものの成功できず、当時の中国社会に居場所がない人々で、清朝もこうした「負け組」を救うだけの余裕はありませんでした。

 

 彼らは太平天国軍に加わり、競争に勝って富裕になった人々を襲い、富を奪っていきました。極端に偏っていた社会の不均衡をならそうとしたのです。

 

 結局太平天国の乱は、華北の人々、特に知識人層の支持を得られなかったことに加え、曽国藩(そうこくはん)などの新興エリートが作った私軍(軍閥)との戦いに敗れ、激しい殲滅戦と疫病・飢饉にみまわれ、多大な死者を出しながら崩壊していきました。

 

 

■外国から起こった革命

 

 太平天国の乱の後、太平天国の残党や生き残った「負け組」の中には、さらなる「辺境」を求めてアメリカ大陸や東南アジア、豪州へと移住していく者がいました。19世紀末になると、そうした移住者の中で成功した一部の中国人が、欧米流の民主主義や社会主義、共和政の知識を得て、祖国である中国を改革しようと、欧米の支援を得て政治運動を繰り広げていきます。そのような人物の一人が、中国革命の父である孫文でした。

 

 1911年に孫文のグループが起こした革命は、清朝を瓦解させいったん成功したものの、華北の政治家や軍人によって中断させられます。孫文は再び日本や欧米に逃げ、支援を得ながら、華南地域の広東を拠点にして中華民国軍の拡大を図っていきます。そして自前で武力を持ち、南から首都・北京に侵攻する北伐を進めました。孫文の死後、部下の蔣介石が北伐を完成させ、中華民国による中国統一を達成します。

 

 かなりざっくりした説明ですが、これは見方によっては、社会の不公平や矛盾が高まり、フロンティアに弾き飛ばされた人々が、清朝の息の根をとめ、社会改革の原動力となったと見ることができるのです。

 

 

過競争社会・中国からの脱出

 

 ただし、その後にできた中華人民共和国は、社会主義を標榜しつつも、かつての中国王朝と同じような道を辿っていると言わざるを得ません。既得権益層がガッチリと社会の上層を支配し、中層・下層では激烈な競争社会が展開され、「負け組」は社会の底辺に滞留するか、海外に移住したり出稼ぎにいったりする。

 

 今問題になっているカンボジアやミャンマーでの中華系マフィアによる特殊詐欺も、海外に弾き飛ばされた人々が、どんな汚い手を使ってでも栄達しようとしていると見ることもできます。昔の漢人のイカサマ師が原住民を騙して土地を奪っていた時と、やっていることはまったく変わっていません。

 

 冒頭の「潤(ルン)」に話を戻すと、潤をしている人は「負け組」ではなくむしろ「勝ち組」に近い人たちです。社会の上層部にいる人たちが、祖国に見切りをつけ、より良い環境を求めて国外脱出しているのは、私たち日本人にはかなり「異常」に映ります。

 

 しかし、高い教育を受け海外のこともよく知る人たちが、過競争の中国よりももっと簡単に栄達することができる土地を選んで移り住んでいると捉えると、これも歴史的な中国人の移住行動の一環であるとも言えます。

 

 移住した先で彼らが中国式の過競争の論理で栄達を目指すと、おそらく日本人なんか目じゃないでしょう。良くも悪くも、「潤」した人たちは、今後日本社会に大きな影響をもたらしていくのではないでしょうか。

 

 

写真/AC

 

 

 

 

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尾登雄平おとうゆうへい

1984年福岡県生まれ。出版社にて勤務する傍ら、世界史の面白いネタを収集するブログ「歴ログ-世界史専門ブログ-」、YouTubeチャンネル「歴ログ-世界史専門チャンネル-」を運営。歴史ライターとしても活動し、ビジネス雑誌、企業オウンドメディア、会報誌などに寄稿する。著者に『あなたの教養レベルを劇的に上げる 驚きの世界史』(KADOKAWA)、『「働き方改革」の人類史』(イースト・プレス)がある。

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