中国での邦人拘束、アステラス製薬社員に懲役3年6か月判決:日中関係の悪化と今後の懸念
7月16日、中国・北京市の裁判所は、アステラス製薬の60代日本人男性社員に対し、「スパイ活動を行った」として懲役3年6か月の実刑判決を言い渡した。この事件は、2014年に施行された中国の「反スパイ法」に基づく一連の邦人拘束事案の最新事例であり、日中関係のさらなる緊張と邦人拘束の増加を懸念する声が高まっている。
■事件の概要と背景
アステラス製薬の男性社員は、2023年3月に北京で国家安全当局にスパイ行為の疑いで拘束され、2024年8月に起訴された。男性は中国日本商会の副会長も務めるベテラン駐在員だったが、具体的にどのような行為がスパイ活動と認定されたかは公表されていない。裁判の透明性が不十分だったと指摘され、男性は上訴の可能性を弁護士と協議中だが、拘束から2年以上が経過し、早期釈放を求める日本政府の努力にもかかわらず、事態は長期化している。
中国では2014年の反スパイ法施行以降、少なくとも17人の日本人がスパイ行為を理由に拘束され、うち12人に実刑判決が下されている。2023年7月の法改正により、「国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の窃取や提供が新たにスパイ行為に含まれるなど、規制範囲が拡大。定義の曖昧さが、恣意的な運用への懸念を強めている。
■日中関係への影響
この判決は、日中関係に新たな影を落とす。中国は経済的な結びつきが強い隣国である。しかし、反スパイ法の強化や邦人拘束の増加は、日本企業の対中投資意欲を冷やす要因となっている。2023年以降、外資企業の対中投資は減少傾向にあり、今回の判決が「中国離れ」を加速させる可能性がある。日中関係は近年、改善の兆しを見せていた。2024年の首脳会談では、両国は経済協力や人的交流の促進で合意。しかし、邦人拘束問題は国民感情を悪化させ、相互不信を増幅する。日本の外務省は、拘束中の邦人5人の早期釈放を繰り返し求めているが、中国側は「法に基づく対応」を強調し、歩み寄りの兆候は乏しい。
■邦人拘束増加の懸念
反スパイ法の曖昧な運用と中国当局の強硬姿勢が、邦人拘束のさらなる増加を招く可能性がある。改正反スパイ法は、「国家の安全と利益」に関わる情報の範囲を拡大し、日常的なビジネス活動や情報収集がスパイ行為とみなされるリスクを高めた。例えば、北朝鮮関連の話題を中国外務省関係者と話しただけでスパイ容疑で拘束された事例もある。このような事例は、駐在員や研究者が通常の業務で収集する情報が当局の裁量で問題視される危険を示している。
さらに、2025年2月には北京で3人の邦人が出入国管理法違反で拘束されるなど、取り締まりの対象がスパイ容疑以外にも広がっている。全国人民代表大会など政治イベントを前に、当局が監視を強化する傾向も見られ、邦人にとってのリスクは増大している。
■日本政府と企業の対応
日本政府は、邦人保護と日中関係の維持の間で難しい立場に立たされている。企業側は、従業員への反スパイ法教育やコンプライアンス体制の強化を迫られている。外務省は渡航者に対し、スパイ行為とみなされる可能性のある行動を避けるよう呼びかけるが、具体的な基準の不明確さが混乱を招いている。
日中関係の改善には、相互の信頼醸成が不可欠だが、邦人拘束問題はこれを阻害する最大の要因の一つだ。中国当局が透明性のある司法プロセスを確保しない限り、日本人の不安は解消されない。逆に、中国側が邦人拘束を「外交カード」として利用する思惑も考えられ、軽い量刑での判決がその一環である可能性もある。
今後、邦人拘束が増加すれば、日本企業の撤退や投資の縮小が加速し、日中間の経済協力に深刻な影響を及ぼすだろう。日本政府は、国際社会と連携し、中国に対し法の透明性と人権尊重を求める外交努力を強化する必要がある。同時に、企業はリスク管理を徹底し、従業員の安全を最優先に考えるべきだ。
アステラス製薬社員への判決は、中国の反スパイ法の曖昧さと厳格な運用がもたらすリスクを改めて浮き彫りにした。日中関係の改善が進む中、邦人拘束の増加は両国間の信頼を損ない、経済的・人的交流に悪影響を及ぼす。政府と企業は、邦人保護とリスク管理を強化し、透明で公正な法運用を中国に求める姿勢を明確にすべきだ。この問題の解決なくして、日中関係の安定は望めない。

イメージ/写真AC