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ゲノム解析で解き明かされる古代人の謎 弥生文化は中国大陸からの移民によって生み出された?

[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #122


数万年前の氷河期、日本列島には旧石器人が大型の獲物を追って、歩いてやってきます。その後、日本列島に住む人々はユーラシア地域の人や文明と、どうかかわってきたのでしょうか? それを最新の科学技術が解明し始めているようです。


■地球の寒冷化によって、日本列島に大陸から移民がやってきた?

 

 土器を発明して定住生活を始める縄文人は旧石器人が発展した人々と考えてよいでしょう。縄文時代は約13500年間続いたと思われ、その間には大陸などからの大掛かりな移住者はいなかったと考えられていますので、縄文人は日本列島の固有種としてDNAをつないだ可能性が高いといえます。温暖な気候に恵まれた縄文時代最盛期の人々は、豊かな採集狩猟生活を満喫していました。

 

 しかしやがて始まる地球の寒冷化によって、まだ多少は温暖な日本列島に移住してきたのが弥生文化人だと考えられています。弥生人とは、縄文人と海を渡ってきた弥生文化人の融合によって日本列島に広がった人々だと考えてよいでしょう。稲作や金属器の文化を持った人々が朝鮮半島からやって来たのだと考えられていたのです。

 

 ところが、かつて人骨を比較する人類学で、山口県下関市にある土井ヶ浜遺跡から出土した良好で大量の人骨をさまざまな古代アジア人の骨格と比較して、「彼らは朝鮮半島からではなく中国大陸から直接移住してきた人々の子孫だったのではないか」という仮説がたてられました。

土居ヶ浜人類学ミュージアム展示の弥生人の復顔模型。
撮影:柏木宏之

 現代の科学は驚くほどの進歩を遂げて、ゲノムを解析できる能力が桁違いに進化しています。そして、もちろんまだ研究中ではありますが、一つの考えが大きな注目を浴びています。

 

 ジャポニカ米と呼ばれる日本の主流米のDNAを解析すると、朝鮮半島を経由せずに中国大陸の長江付近から直接運ばれてきた可能性が非常に高いという結果が出ました。

 

 つまり稲作と金属器に代表される弥生文化が、朝鮮半島の人の渡来と共にもたらされたのだという定説が根底から覆されつつあるのです。

 

 弥生文化は中国大陸に住んでいた人々が、直接日本列島に移住して築かれたものだったという仮説が合理的に成り立つわけです。

 

 しかしそれにしてもなぜ、日本列島に大陸から移住者が大勢やって来たのかというと、4000年ほど前に始まる地球規模の寒冷期が原因だと考えられます。この寒冷期を仮にⅠ期とします。

 

 寒さに追われた大陸北部に住む遊牧民が南下して黄河地域の住民を追い出し、黄河地域の人々もさらに南下して長江流域の住民を追い出し、追い出されたその住民たちが日本列島に避難してきたのではないかと考えられるわけです。

 

 さらに寒冷期はもう一度、2800年ほど昔に地球を覆います。これを仮にⅡ期寒冷期としましょう。この時にも同じことが起こり、長江周辺の農耕民が大勢、温暖な日本列島に移住するというわけです。朝鮮半島に行かなかったのは稲作に適さない寒さだったからで、この時に本格的な水田稲作文化が日本列島に伝来したと考えられています。

 

 ですから日本列島での水田稲作の始まりを弥生時代の始まりとするなら、紀元前800年頃に長江周辺の人々によって始まった、という事になりますね。

 

 弥生人骨のDNA調査によると、この寒冷期のⅠ期とⅡ期の経過を通して、縄文人と大陸からの移住集団との混血があって、DNAに変化が起きていると考えられるわけです。

 

 しかし今度は現代人のゲノム解析をしてみると、交雑はそれで終わらず、古墳時代にかなり多くの移住者が大陸からやって来ているのではないか、と疑われているのです。

 

 金沢大学の研究で、現代日本人のDNAに大きな影響を与えているのが、今から1500年より前の古墳時代に渡来してきた大陸人だと考えられているのです。しかもそのゲノムは南方の長江よりも、今度は北方の黄河流域民の可能性が考えられるそうです。

 

 そこでなぜこの時代に黄河周辺から日本列島を目指す人々が多かったのかを考えてみると、晋の時代の八王の乱などが原因ではなかったかと思われるのです。

 

 めちゃくちゃ簡単にいうと、三国時代のあと司馬懿・司馬炎によって晋朝が大陸を統一しますが長く続かず、八王と呼ばれる諸侯王たちが反旗を翻し、その戦いは長く続く五胡十六国の激戦時代に突入します。日本列島の情報が途絶える空白の4世紀の始まりでもあります。

 

 この激戦時代に黄河周辺から命からがら脱出した人々の一部が、日本列島にたどり着いて住み始めたと考えられ、それが古墳時代なので「古墳人」という新たな渡来人名を仮に与えているわけです。

 

 現代人のDNA配列に大きな影響を残しているのがこの時代の渡来人、つまり「古墳人」であるという疑いを示したのです。

 

つまり旧石器人→縄文人+渡来弥生文化人=弥生人に、さらにプラスして古墳時代に多くの渡来人が大陸から押し寄せて混血し、現代人にその痕跡を残しているのではないかという考えに至ったのです。この説が排除しにくい理由は、現代人のDNAにその証拠的痕跡があるからなのです。

左から縄文人、弥生人、古墳人の顔立ちを予想してつくられた、兵庫県立考古博物館展示の復顔モデル。
撮影:柏木宏之

 ゲノム解析は動かぬ証拠だと考えてよいので、これまでの推測や直感的判断を打ち砕く可能性があるという事なのです。

 

 私もまだこの説の完全な理解ができていませんし、もちろんまだまだ研究途上なのでしょう。ロマンチックで自由な発想と推理に正解が示されるというのは我々歴史ファンには少し淋しい気もしますが、真実を知りたいという探求心を潤してくれそうで期待もしているのです。

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柏木 宏之(かしわぎ ひろゆき)
柏木 宏之かしわぎ ひろゆき

1958年生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒業。1983年から2023年まで放送アナウンサー、ニュース、演芸、バラエティ、情報、ワイドショー、ラジオパーソナリティ、歴史番組を数多く担当。現在はフリーアナウンサーと同時に武庫川学院文学部非常勤講師を務め、社会人歴史研究会「まほろば総研」を主宰。2010年、奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業学芸員資格取得。専門分野は古代史。歴史物語を執筆中。

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