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愛する男の“性器”を切り落とした「阿部定」の正体とは? 世間からの「好奇の目」に苦しんでいた?

日本史あやしい話


めくるめく情事の果てに、愛する男の首を絞めて殺した女。挙句、男のイチモツをバッサリ切り取ったというからおぞましい。女の名は阿部定(あべさだ)。世に知られた怪奇事件の主人公である。サディズム及びフェチズムとの精神鑑定を受けたとはいえ、その異常さには誰もが震え上がったに違いない。同時に、異常なまでの性欲に取り憑かれた女を興味津々に見つめる者も少なくなかった。いったい、どのような経緯によるものだったのだろうか?


 

■なぜ、愛する男のイチモツを切り取ったのか?

 

阿部定がいた元遊郭の「大正楼」(2019年に取り壊しとなった)/PIXTA

 「吉蔵さん、苦しくないかえ?」

 

 愛しの男に、こんな優しげな声をかけながらも、無残にも殺してしまった女がいた。その名は、阿部定(当時30歳)。年配の方なら、おそらく誰もが知る名前だろう。

 

 時は、昭和11(1936)年5月18日。世を震撼させた、二・二六事件の3ヶ月後。戦時色が一層濃くなり始めたころのことであった。

 

 男とは、割烹吉田屋の主人・吉田吉蔵(42歳)である。お定は吉田屋の住み込みの中居で、吉蔵とは不倫関係にあった。やがて吉蔵の妻の知るところとなったため、2人で逃避。都内の待合を転々とし、最後に泊まったのが、荒川区尾久の待合「満左喜」であった。

 

 事件が起きたのは、夜中の2時頃であった。特異なことであるが、連夜の情交中、お定は何度も吉蔵の首を絞めている。「首を絞めながら情交すると気持ちがいい」と男が言うからであった。最後の情事の際にも、首にはお定の腰紐が二重に巻きついていた。この時も、吉蔵の言うがまま、両手に力を込めて紐を引き続けたのだ。

 

 しかし、この時は度が過ぎた。男がブルっと体を震わせたかと思うや否や、そのまま息絶えてしまったのだ。殺すつもりがあったのかどうかは定かではないが、お定はなぜか「ほっとした」気持ちになったと、後に白状している。

 

 おまけに、吉蔵を「これで永遠に自分のものにできる」と思ったとまで言いのけているから、多少の殺意はあったのかも。いずれにしても、かなり異常な性癖の持ち主だったことは間違いない。

 

 事件はこれだけでは終わらなかった。なんと、お定は、死んだ吉藏の大事なイチモツを、手にした包丁でバッサリ切り取ってしまったというから驚く。それを血まみれとなった吉藏の褌にくるんで、自分の腰巻に入れて逃走したという。イチモツを切り取った理由に関しては、「誰にも触られたくなかった」からというから、空いた口が塞がらない。

 

 その後、お定は逃走を続けるも、2日後の5月20日、品川駅前の旅館に潜伏していたところを、刑事に踏み込まれて捕えられた。その際、「あたしがお探しの阿部定ですよ」と、あっけらかんと言いのけたというから恐れ入る。もちろん、吉蔵のイチモツも所持したままであった。

 

■好奇の目で見られることを苦にしていた阿部定

 

 この隠微な事件は、直後からマスコミによって広められて世間を騒がせたことは言うまでもない。もちろん、阿部定の名も世に知れ渡った。

 

 ちなみに、逮捕後の精神鑑定によれば、お定は「残忍性淫乱症」(サディズム)及び「節片淫乱症」(フェチズム)だったとか。刑期が6年だったというのも、情状酌量の余地ありとみなされたからだろう。模範囚だったこと及び恩赦によって減刑。昭和16(1941)年に出所している。

 

 その事件があまりにも猟奇的だったこともあって、出所してからも世間の注目を浴び続け、映画や小説、舞台として取り上げられるようになっていったこともご存知の通りである。そのあたりの経緯を、今も鮮明に記憶されている方もおられるのではないだろうか。

 

 ただし、世間の騒がしさとは裏腹に、お定自身は、好奇の目で見られることを苦にしていたようで、やがて名を変えてひっそりと暮らすようになっていった。いつ頃のことかわからないが、とうとう行方不明になってしまったようだ。

 

 彼女を悪女と呼んで良いのかどうか迷うところであるが、病ともいうべき異常なまでの性欲に翻弄されたことは間違いないだろう。むしろ、不運な女性であったというべきだろうか。

 

 

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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