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前史:空挺部隊用グライダーの始まりについて

第2次大戦グライダー物語 第1回 ~空飛ぶ精鋭部隊を運ぶ沈黙の輸送機~

パラシュート部隊の問題点を解決する打開策

イギリス軍のエアスピード・ハミルカー大型グライダーから走り出るテトラーク軽戦車。グライダーのおかげで空挺部隊は軽戦車の運用までできるようになった。

 航空機のエンジン出力がまだ現代のジェット機ほど強力ではなかった第2次大戦当時、空から敵地に侵入するパラシュート部隊にとって、大きな問題が二つあった。

 

 そのうちのひとつは、隊員が一人ひとりパラシュートで降下するので降着時にはばらばらに分散してしまい、ましてや不規則な風が吹いている時や夜間などの場合は、よりいっそう広い範囲に散らばって降着する可能性があったことだ。もしそのような降着状況になってしまうと、地上で待ち構えている敵に一人ずつやられてしまう可能性も高く、地上での集合もうまくいかない心配があった。おまけに、もし集合できなければ「戦闘単位」として与えられた任務の遂行さえ困難になってしまい、むざむざ「犬死」させるためにパラシュート部隊を敵地に送り込んだことになりかねない。

 

 もうひとつは、当時の航空機の能力と投下技術では、車両や火砲などの「大物」をパラシュートで降下させるのが困難だったことだ。

 

 確かに一部では分解投下が可能なパラシュート部隊用火砲も実用化されたが、先のパラシュート投下の弱点により、もし部品の一部が回収できなければ組み立てられず使い物にならない。

 

 このためパラシュート部隊は、一般的な地上部隊が保有しているトラックやジープなどの移動用車両や、榴弾砲や対戦車砲などの戦闘を支援するための火砲を戦場に持ち込むことができなかった。

 

 つまりパラシュート部隊は、個人が携行する拳銃や小銃、また物量筒と呼ばれる大型容器に収納してパラシュート投下が可能な軽迫撃砲やバズーカ砲、軽機関銃程度の兵器までしか、戦場では使えなかったのだ。

 

 では、どのようにすればこのような二つの大問題が解決できるのだろうか? 考えられたのは、グライダーの活用であった。

 

 動力を持たず、自力で空を滑空して一定の距離を飛行するグライダーは、エンジンも燃料も積んでいないため構造が簡単で製造も容易だ。しかも使い捨てを原則とし、もし可能なら回収のうえ再利用すると考えれば、高級な素材を用いて造らなくてもよいため、加工しやすい木材や羽布を用いて低コストで容易に生産することができる。

 

 そのうえ、機体の規模はエンジン付きの輸送機に負けない大きなサイズで造ることもできるので、兵員だけでなく軽車両や軽火砲の搭載も可能だ。つまり、冒頭に記したパラシュート部隊が抱えていた二つの問題は、このグライダーの採用によって解決できたのである。

 

 こうして、世界各国のパラシュート部隊は新たにグライダー部隊を編成し、両者を合わせて「空挺部隊」と呼ばれるようになった。

 

 だが、このグライダーにもひとつだけ問題があった。それはパイロットだ。

 

航空機の一種である以上、グライダーの操縦には当然ながら専門知識が必要で、その操縦には、専門の訓練を受けたグライダー・パイロットがあたらねばならなかった。だが「操縦の専門職」であるグライダー・パイロットは、乗機が敵地に降着したあとは手持ち無沙汰になってしまう。

 

 そこで考えられたのが、彼らグライダー・パイロットにも最低限の地上戦訓練を施して、降着後は地上戦に参加させるという方法だった。しかし、一般のグライダー歩兵よりも高度な訓練を受けたグライダー・パイロットという「特殊技能兵」を地上戦で失うのは、やむを得ないとはいえ軍にとって「高価な損失」といえた。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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