×
日本史
世界史
連載
エンタメ
誌面連動企画

105mm榴弾砲(アメリカ):兵器大国が生み出した現在も世界で使われている傑作榴弾砲

第二次大戦野砲物語 第2回 ~味方の窮地を救う、空から降り注ぐ砲弾の鉄槌~

第二次大戦から朝鮮戦争、ベトナム戦争まで活躍した傑作野砲

朝鮮戦争において砲座に設置したM2A1を発砲中のアメリカ軍砲兵。射撃直後に砲身が後座した状態を捉えたワンカット。砲の前面(画面右側)には空薬莢が大量に放置されている。

 アメリカは第一次大戦に後から参戦した。当時の同国は、巨大な工業力を備えながらも技術的側面で未だヨーロッパ列強に劣る部分もあり、フランスの戦場に部隊を派遣するに際して、特に機関銃や火砲に関してフランス製のものを装備した。

 

 そしてフランス製75mm野砲M1897を約1900門購入し、後にはアメリカでライセンス生産も行われた。だが第一次大戦終結後、同陸軍はより強力な野砲を求めた。そのための研究は1920年代中頃から研究が進められ、研究がスタートしたごく早い時期に、75mm砲よりも砲弾が大きいため、より多くの炸薬を充填できて威力も大きい105mm砲を開発するという方向性が示された。

 

 しかし予算面の都合や軍の方針の変更などもあり、この新型の105mm榴弾砲は1940年2月にM2として制式化されたが、同年3月に一部が改修され、この改修型がM2A1として大量生産されることになった。

 

 すでにヨーロッパでは第二次大戦が始まっており、アメリカも1941年12月の日本によるパールハーバー奇襲攻撃を機に同大戦に参戦。M2A1は野砲の主力として運用された。

 

 さすがに研究開発の期間が長かっただけあって、M2A1は運用面でも威力面でもきわめて優れていた。そのため、M4シャーマン戦車の火力支援型には戦車砲化された同砲が搭載されたほか、同じM4の車体部分を利用して開発されたM7プリースト105mm自走榴弾砲には、牽引型の同砲の砲架を車載向けに変更したものが搭載されている。

 

 M2A1が使用する弾薬は、砲弾と薬莢(やっきょう)が分離している半固定弾方式で、弾種にはバラエティーが多いが、M67HEAT(対戦車榴弾)弾を使用した場合、垂直に命中すると全射程で約100mmの装甲を貫徹することが可能だった。

 

 第二次大戦中にきわめて高い評価を受けたM2A1は戦後、アメリカの同盟国に大量に供与されたばかりでなくアメリカ軍においても使用が続けられ、同軍砲兵科の兵器区分変更を受けて、1962年に制式番号がM101A1へと変更された。

 

 その後、M2A1(M101A1)は朝鮮戦争やベトナム戦争でも活躍したが、1964年に制式採用された後継となる105mm榴弾砲M102と交代してアメリカ軍では退役している。だがカナダ軍はM101A1の独自改良型を現在も使用中であり、他にオリジナルのままで使用を続けている国も存在する。

KEYWORDS:

過去記事

白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

最新号案内

歴史人 11月号

戦国武将の国盗り変遷マップ

応仁の乱から大坂の陣まで戦国史を地図で読み解く