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“いわくつき”の芸者が渡米して同性愛やワンナイトラブに泣く… 花柳界の闇をみた芸者の破天荒な人生

炎上とスキャンダルの歴史


■「伝説の芸者」がみた花柳界の闇

 

 かつて日本の花街においては髪を切る、身体を刃物で傷つけるなどの「自傷行為」が真の愛情の存在証明となりました。外からは見えない恋心の実在を、身体を痛めつけることで示せると考えたのですが、明治44年(1911年)、大阪・宗右衛門町の千代葉という舞妓は、本当に恋い慕う相手ではなく、ほんの一瞬だけ相思相愛の相手だったにすぎない音峰宗兵衛のために自分の小指を切断するという事件を起こしました。

 

 原因となったのは、当時、14歳だった千代葉の初恋相手――実際は一度だけ大阪・天下茶屋をそぞろ歩きし、人目を避けた料亭の離れで結ばれた「だけ」の歌舞伎役者・尾上松鳶のブロマイドを捨てずに初恋の思い出として持ち続けていたという一点です。

 

 それを千代葉の不実だといって責めつづける音峰の男としての器も、彼の27歳という年齢を考えても小さいといわざるをえません。

 

 しかし、自分の「正しさ」を証明したいがために、指を切り落としてしまう千代葉の異常性にも注目せざるを得ない部分はあります。

 

 実際、あまりに激しい気性の千代葉は大阪での居場所を失い、追放同然で東京・新橋に流れ、今度は「照葉」と名乗るミステリアスで強気な美人芸者として大人気を博したのでした。

 

 明治44年(1911年)615日から、3000円の対価と引き換えに、新橋の置屋「新叶家」の清香姉さんから5年の年期で抱えられ、渋沢栄一や西園寺公望といった名士主催の豪華なお座敷に赴く日々が始まります。

 

 そしてまだ145歳にもかかわらず、セレブリティたちの暗部を覗き見させられたのです。この経験は、彼女に「花柳界とは、なんのことはない金持ちのあくびのはきだめ。高級不良老青年たちの巣窟。そして私達(=芸者)は彼らのための生きた人形としてもて遊ばれることによって生きていた」という実感しか残しませんでした。

 

 「日本のセメント王」こと浅野総一郎には執心され、芸者の仲間内では「風貌といい、喋り方といい」、「猫化爺」と呼ぶしかない彼の布団に引きずり込まれそうになると、その腕を「力一杯掻きむしって、逃げ出してやった」という事件を起こしています。この時、浅野は63歳。いくら名声を得ようが、金を積もうが、恋心だけは買えるものではないのですね。

 

 しかし、清香姉さんから現実の芸者にすぎない自分と「芝居や小説本に現れる」「馬鹿な芸妓」を一緒に考えてはダメ、「金で自由になるような、ケチな芸妓じゃありませんよ」と見栄を切ろうとしてはいけないと諭され、結局、「猫化爺」こと浅野が待ち構えているお茶屋で「昼日中から嫌な相手に弄ばれるのは屈辱」というしかない地獄の枕営業をさせられたのでした。

 

 舞妓が芸者になるとき同様、大阪から東京に移籍してきた芸者にも「水揚げ」の試練は待ち構えており、清香姉さんの下で働く時に支払われた3000円の中には、この手の屈辱代が含まれていたのでしょうね。

 

 ちなみに浅野は渋沢栄一のお気に入りで、照葉が猛抵抗したことは渋沢の耳にも届いていました。照葉がお座敷に呼ばれた時、「あいつ(=浅野)は俺以上に無粋だからな」と慰めの言葉をかけられたそうです。

 

 大阪で一瞬の激情に任せて小指を失った頃から、彼女の心身のバランスは崩れる一方でした。何も思っていない相手に、思わせぶりな言動をとることができるようになっていたと本人が認めるように、「他人との距離」の取り方がおかしいのでしょう。照葉の客にも不安定な人物は多く、数多くの男たちとの恋愛トラブルや、一度の離婚を経験しています。

 

 生涯一度だけ正式な結婚をした若き相場師・小田末造に連れられていったアメリカでは家政学校に通い、「ヒルドガルト」という女性との悲恋を経験。フランスでは名前もわからない謎の「混血児」の男性に誘われるがまま、彼の屋敷でワンナイトラブ。しかし感情の盛り上がりはあっても、それらが一瞬で流れ落ちてしまうのが彼女の特徴です。

 

 自分を「女」たらしめている黒髪が、破天荒な人生の原因であると気づいた彼女は、奈良の久米寺で「女性は出家させない」という戒律を曲げてもらった末に出家。39歳にして尼僧となったのでした。法名が智照尼です。

 

 智照尼が住職を務めるようになった祇王寺を訪ねた瀬戸内春美(のちの寂聴)が、智照尼をモデルにした小説『女徳』を大ヒットさせています。

 

 しかし80歳を超えた時から、智照尼は真実を書き残したいと思いはじめ、芸者時代からの知己だった里見弴からアドバイスを受け、昭和59年(1984年)、88歳の誕生日に瀬戸内の小説とは異なる内容の自伝『花喰鳥』を出版したのでした。本稿の記述はその自伝に拠っています。

イメージ/イラストAC

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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