東シナ海での中国軍機の「異常接近」 “日本側が安全上のリスクを生み出した”と主張する中国側の狙いとその背景
7月9日および10日、東シナ海上空で航空自衛隊のYS11EB情報収集機が中国軍のJH7戦闘爆撃機から異常に接近される事案が発生した。防衛省によると、最接近時の距離は水平約30メートル、垂直約60メートルで、直線距離では約70メートルという危険な状況だった。日本政府は「偶発的な衝突を誘発する可能性がある」として深刻な懸念を表明し、再発防止を強く求めた。一方、中国国防省はこれを「正当な軍事活動」と主張し、逆に日本側が接近して安全上のリスクを生み出したと反論している。
■軍事的プレゼンスの誇示と牽制
中国軍機の異常接近は、まず第一に東シナ海における軍事的プレゼンスを誇示する意図があると考えられる。中国は近年、空母「山東」や「遼寧」を西太平洋に展開し、第1列島線(沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ線)を越えて第2列島線(伊豆・小笠原諸島からグアムに至る線)での活動を強化している。特に、2025年6月には空母「山東」から発艦したJ15戦闘機が海上自衛隊のP3C哨戒機に約45メートルまで接近する事案が発生し、今回はその延長線上にある行動と見られる。これらの行動は、自衛隊や米軍の監視活動に対する牽制であり、中国の海洋進出と軍事力の増強を周辺国に印象付ける戦略的メッセージである。
こうした接近行為は、空母の活動に関する情報収集を妨害し、近づかせないための行動である。中国は、自衛隊のYS11EBやP3Cが収集する電波情報や艦艇の動向を探る活動を警戒し、これを阻むことで情報優位性を確保しようとしている可能性が高い。また、接近時にミサイルのようなものを搭載していたことが確認されており、軍事力の「見せつけ」としての効果も意図していると考えられる。
■領有権問題と地政学的緊張の演出
東シナ海は、尖閣諸島をめぐる日中間の領有権問題の舞台であり、両国の防空識別圏(ADIZ)が重なるエリアでもある。中国が2013年に東シナ海にADIZを設定して以来、この空域での軍事的な緊張は高まっている。中国軍機の異常接近は、尖閣諸島周辺での日本の監視活動に対する直接的な反応であり、領有権を主張する姿勢を明確にする意図がある。中国側は、日本が「正当な軍事活動」を妨害していると主張することで、自国のADIZ内での行動を正当化し、国際社会に日本の監視活動が「挑発的」であるとの印象を与えようとしている。
さらに、中国は東シナ海や南シナ海で他国の軍用機に対しても同様の接近行為を繰り返しており、米国防総省によると2023年までの2年間で米軍機への異常接近が180回を超えたと報告されている。このような行動は、中国が「第2列島線」を防衛ラインと位置づけ、米軍やその同盟国である日本の活動を牽制する戦略の一環である。中国の空母運用能力の向上や、遠距離での航空戦力の展開は、台湾有事や地域紛争を想定した軍事的な準備とリンクしている可能性が高い。
■国内向けの政治的パフォーマンス
一方、中国の行動には、国内向けの政治的意図も含まれている可能性がある。中国共産党は、ナショナリズムを背景に国民の支持を維持する戦略を採っており、軍事力の強化や周辺国への強硬姿勢は、国内の愛国心を鼓舞する材料として利用される。東シナ海での自衛隊機への接近は、国民に対して「中国軍は日本の挑発に対抗し、国益を守っている」というメッセージを発信する機会となる。
■今後の展望と日本の対応
中国の異常接近は、単なる一過性の挑発ではなく、長期的な軍事戦略の一環である可能性が高い。日本としては、警戒監視活動を強化しつつ、米軍との連携を深めることで、中国の行動に対する抑止力を維持する必要がある。防衛省は、こうした事案を公表し、国際社会に中国の行動の危険性を訴えることで、外交的な圧力をかける戦略を採っている。同時に、日中間のホットラインや軍事交流を通じて、誤解や衝突を回避する仕組みの構築が急務である。
中国軍機の自衛隊機への異常接近は、軍事的プレゼンスの誇示、領有権問題での牽制、国内向けのパフォーマンス、そして国際社会への戦略的メッセージという複数の狙いが絡み合った行動である。東シナ海や西太平洋での中国の軍事活動の活発化は、地域の緊張を高め、偶発的衝突のリスクを増大させている。日本を含む周辺国は、冷静な対応と国際協力を通じて、この挑戦に対処する必要がある。中国側も、長期的な地域の安定と国際的信頼を考慮し、危険な行動の抑制を求められる局面にある。

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