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「米兵12人の被爆死」をアメリカ政府が隠ぺいも 原爆の「過小評価」や「正当化」の背景とは

世界の中の日本人・海外の反応


先日に発生したアメリカ・ロサンゼルスの山火事では、現地キャスターが焼け跡を「原爆のようだ」と表現して物議をかもした。2023年にもアメリカのコメディ映画『バービー』の米国公式アカウントがSNSで「きのこ雲」のネタ画像を投稿し批判が殺到したが、アメリカと日本では原爆に対する意識が大きく異なる。アメリカで原爆はどのようなものとして扱われてきたのか、振り返りたい。


■山火事を「ヒロシマのようだ」と安易に表現した米メディア

 

原爆ドーム

 アメリカのロサンゼルスで起きた山火事が、思いもよらないところに飛び火した。

 

 騒動の発端は、アメリカの主要メディアFOXニュースの男性キャスターが焼け跡の映像を見て発した、「原爆を落とされた後の広島のようだ」とのコメントにあった。このキャスターだけでなく、ロサンゼルス郡の保安官も記者会見の席で同様のコメントを残している。

 

 これらに対し、広島と長崎で実際に被爆を体験した日本では、「原爆を過小評価している」「原爆の実態をわかっていないのでは」と、怒りと疑問の声が上がっているのだ。

 

■インディ・ジョーンズにおける「仰天の核兵器描写」

 

 アメリカ人の原爆に関する認識は、ハリウッド映画にも反映されている。核戦争は世界の破滅につながるとして、主人公が断固阻止しようと奮闘する作品ももちろん存在するものの、核兵器による被害を過小評価している作品もある。

 

 2008年に制作された『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』などは、後者の代表格と言える。核実験の現場にいることに気づいた考古学者のジョーンズ博士は咄嗟に冷蔵庫の中に入り込み、爆風で遠くまで吹き飛ばされながらも傷ひとつ負わず、放射能を浴びた形跡さえ見られなかった。

 

■2010年代に判明した「12人の被爆米兵」

 

 原爆投下の直後から、アメリカ政府は戦果を強調しながら、広島・長崎の惨状については言葉少なの姿勢を貫き、「被爆死したアメリカ兵は1人もいない」とさえ言い張っていた。

 

 戦後何十年もが経過し、被爆の実態をアメリカ人に広く知ってもらおうと、被爆者団体などが写真展や講演会を企画しても、そのたびに退役軍人会などからクレームが入り、実現に至らないことが多かった。原爆の投下は必要だったかを問う世論調査でも、「必要やむなし」の声が8割から9割を占める結果が続いた。

 

 しかし、事実関係をいつまでも隠ぺいすることはできず、2010年代になって、捕虜として広島に収監されていたアメリカ兵12人が被爆死したことと12人全員の姓名が明らかにされる。2016年に広島を訪れたバラク・オバマ大統領(当時)も広島平和記念公園で行なった演説の中で、被爆死したアメリカ兵捕虜について言及。アメリカ政府としての公式見解を改める姿勢を示した。

 

 アメリカにおける変化はそれに留まらず、2018年に米紙ロサンゼルス・タイムズが実施した世論調査では、原爆投下を正当化する人の割合は56パーセントにまで低下しており、長崎への投下に関して言えば、「不要だった」とする声が過半数を占めた。

 

■原爆投下にいたる状況

 

 原爆投下当時の状況を整理すると、硫黄島の玉砕が1945年3月26日で、沖縄戦の開始も同日。連合国が日本に対してポツダム宣言を発したのが7月26日。ソ連軍の対日開戦が8月9日で、広島への原爆投下が8月6日、長崎への投下が8月9日。

 

 日本が無条件降伏を決めるのに、原爆とソ連の参戦のどちらがより決定的作用をもたらしたかは判断の難しいところだが、アメリカ軍内に「本土決戦回避」の空気が濃厚であったことは間違いなかった。

 

 投降という選択肢を論外とする日本軍の常軌を逸した抵抗ぶりは、1943年5月のアッツ島の戦い時点から広く知られていた。アッツ島は北太平洋のアリューシャン列島にある1つの島。そこに駐留する日本軍は5倍の兵数を誇るアメリカ軍相手に「万歳突撃」まで見せて玉砕した。

 

 同様の戦い方は硫黄島でも見られ、アメリカ軍は戦死者6800人以上、負傷者2万人以上を出す大損害を受けた。本土決戦となれば、死傷者の数はその10倍、下手をすれば100倍以上になりかねなかった。

 

 それを回避するには日本に1日も速くポツダム宣言を受け入れさせるしかないが、日本軍の戦い方を見るに、空襲くらいでは徹底抗戦の意思を打ち砕くことは期待できない。ならば、非常かつ非情な手段を取るしかない。日本軍との戦闘を経験したアメリカ軍将兵の大半がそう考え、報道を通じて銃後のアメリカ人にも同じ考えが浸透した。

 

■世代差はあるものの「正当」との声は強い

 

 2024年に読売新聞社がアメリカのギャラップ社とともに行った世論調査では、「広島と長崎への原爆投下を現時点からみて、正当化できると思うか」という質問に対し、「思う」が56%で、前述した2018年の調査からの変化は見られない。

 

 なお、1839歳では「思う」(46%)よりも「思わない」(50%)が上回り、若年層においては意識の変化が見られた。しかし、4059歳では「思う」60%(「思わない」34%)、60歳以上では「思う」62%(「思わない」28%)と、上の年代では今も投下を正当と考える人は多い。

 

 対日イメージに大きな変化が起きない以上、現段階では、少なくとも広島への原爆投下を「正当な判断」とする見解はなかなか変わりそうにない。

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過去記事

島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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