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【キングダム】王騎は、歴史書では「モブ」扱い? 軍功も死に様も不明… 「王齕(おうこつ)と同一人物」説も

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春秋戦国時代を舞台にした人気マンガ『キングダム』(原泰久/集英社)。その実写映画第4弾『キングダム 大将軍の帰還』が7月から公開開始され、すでに興行収入30億円を突破している。シリーズでは山崎賢人が主人公・信、吉沢亮がのちの始皇帝となる政を演じているが、今作でとくに大きな見せ場を作ったのが、大沢たかお演じる王騎(おうき)将軍だ。「秦の怪鳥」と恐れられ、信に大きな影響を与えた魅力的なキャラクターであるが、史実において、王騎のモデルはどんな人物だったのだろうか? また、王齕(おうこつ)と同一人物という説についても見ていきたい。


 

■『史記』「始皇本紀」での出番はたったの2回?

 

史記(国立公文書館デジタルアーカイブ)

 大人気漫画を実写映画化した『キングダム 将軍の帰還」が大ヒット上映中である。今作では、主人公の信から目標と仰がれた王騎将軍が大きな見せ場を作っている。

 

 原作漫画は漢代に著された歴史書の『史記』と『戦国策』を主な拠り所としており、そこでの王騎は「王齮」という表記で登場する。桓齮(桓騎/かんき)の場合と同じく、書く手間を省くため、同音で画数の少ない漢字に改めたのだろう。

 

『キングダム』での王騎は、個人の武も圧倒的に強ければ、指揮官としての手腕も超一流。昭王時代に「六大将軍」の一角を占め、六国からは「秦の怪鳥」の呼び名で恐れられ、なおかつ非常に個性が強い。このように作品上の王騎は魅力溢れる人物として描かれているが、実のところ歴史書での扱いは実にそっけなく、秦王政こと始皇帝の伝である『史記』の「始皇本紀」にはわずか2回しか名が出てこない。

 

 一度目は政が即位した年(前247)の記事で、「(宰相の呂不韋は)李斯(りし)を舎人とし、蒙驁(もうごう)・王齮・麃公(ひょうこう)らを将軍とした」とある。

 

 二度目は秦王政の3年(前244)の記事で、「蒙驁が韓の12か城を取った。王齮が死んだ」とあるのみ。これだけでは戦死なのかそれとも戦傷死、病死なのか読み取れず、具体的な軍功もわからない。将軍に任命されるからは、それなりの軍功を重ねているに違いないのだが。

 

■「王齕=王齮」と考えることができる理由

 

 政より前の秦の出来事を記したのが『史記』の「秦本紀」だが、政の父の荘王、その前の孝王、そのまた前の昭王の記事まで遡ってみても、王齮の名は見当たらない。見当たらないのは麃公もいっしょだが、麃公は実名ではなく、「秦本紀」に登場する誰かの称号の可能性があるため、同列に論じることはできない。

 

 そのため古くから、「始皇本紀」にある王齮は「秦本紀」に何度か名が登場する王齕(おうこつ)と同一人物ではないかとの説が指摘されていた。その王齕の登場する箇所が以下である。

 

・昭王の48年(前259)、王齕が将として趙の武安君を討ち、皮牢を攻め取った。

・昭王の49年(前258)、王陵による邯鄲攻めが戦果を挙げられずにいたため、王齕が代わって将となった。

・昭王の50年(前257)、邯鄲を抜くことができないため、汾城郊外まで軍を退いた。

・荘王の2年(前248)、王齕が上党を攻め、初めて太原郡を置いた。

 

 王齕が登場するのは以上の4か所で、最初は前259年で、最後が前248年。王齮の没年が前244年だから、同一人物説は注目に値する。

 

 当時において名前を変えるのはよくあること。理由はいろいろあるが、特に重要なのは君主の名にある漢字を使用禁止にする「避諱(ひき)」の決まりである。昭王時代はよくとも、孝王・荘王・政のいずれかの即位時に「齕」の字の使用が不可となった。

 

 同音異字か同じような意味を持つ漢字への置き換え、部首の変更、最後の一画を欠かした造字など、対応策はいくつかあったが、「齮」と「齕」はどちらも「かむ」「かじる」を意味する。「敵将をかむ」「敵軍をかじる」など、いかにも武将として相応しい名前である。

 

 漢代の読み書きのできる人間にとって、このような改名は改めて説明するまでもないことだった。そのため『史記』の著者である司馬遷も何も説明を加えることなく、王齕と王齮を使い分けたのかもしれない。

 

 

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島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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