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水没した車両を救う防水の回収車【シーライオンBARV】─戦車ビフォー・アフター!─

戦車ビフォー・アフター!~ニーズが生み出した異形の装甲戦闘車両たち~【第5回】


戦車が本格的に運用され「陸戦の王者」とも称されるようになった第二次世界大戦。しかし、戦車とてその能力には限界がある。そこでその戦車をベースとして、特定の任務に特化したAFV(装甲戦闘車両)が生み出された。それらは時に異形ともいうべき姿となり、期待通りの活躍をはたしたもの、期待倒れに終わったものなど、さまざまであった。


【After】
ノルマンディー上陸作戦時、足をとられて走行困難になったベッドフォード・ローリーを牽引するシーライオンBARV。なお同ローリーに接続されているのは、組立済みのベイリー仮設橋と思われる。

 ノルマンディー上陸作戦の予行演習的意味合いもあったフランス本土ディエップへの奇襲上陸作戦「ジュビリー」は、1942819日に実施された。同作戦の出動部隊はカナダ軍が主体で、チャーチル戦車も参加。ところが作戦は成功とはいえず、同軍はかなりの損害を蒙った。

 

 この時、海岸で行動不能になったチャーチルや、敵前上陸のため海岸に乗り上げたものの、干潮によって自力で海に戻れなくなった小型上陸用舟艇などが生じたが、それらを回収したり押したりして海に戻すための方法がなく、結局、現地に放棄してこざるを得なかった。

 

 今後、連合国側の反攻によって敵地への上陸作戦が多くなると考えたイギリス軍は、海岸や河川湖沼での水辺の作戦行動において、かような事態が生じた際に対応できる特殊な車両を開発しようと考えた。

 

 そこで、レンドリースによってアメリカから大量に供給されていたM4シャーマン中戦車のうち、M4A2を改造して水辺で行動が可能な特殊な工作車を開発することにした。

 

 砲塔を撤去して、代わりに、周囲に足場が付けられた水密構造の上部構造物を装着。車内には、浸水を排水するためのビルジポンプが取り付けられた。

 

 車体前部には、擱座(かくざ)した上陸用舟艇や行動不能になった車両を直接押す際に、相手側を傷つけないように厚い木製のバンパーが設けられ、車体後部には、牽引用のワイヤーロープを結ぶためのフック類やリング類が装着されている。

 

 乗員は45名で、そのうちのひとりは潜水士であった。というのも、水辺で水没した車両や舟艇類を回収する事態も頻繁に生じたが、その際には潜水士が不可欠だったからだ。

 

 こうして開発された世界初の海浜作業車はBARVBeach Armoured Recovery Vehicle。「海岸用装甲回収車」の頭文字)の略号で呼ばれ、シーライオンの愛称を付与された。

 

 このシーライオンBARVの初陣は「史上最大の作戦」ことノルマンディー上陸作戦で、きわめて役に立ったことから以降の上陸作戦にも投入されている。そして地味な車両ながらその有効性が認められ、戦後には、後継車としてセンチュリオン主力戦車を改造したセンチュリオンBARVが開発されて、フォークランド紛争にも投入されている。

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過去記事

白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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