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江戸時代にあったリアル「猫の恩返し」 貧しい一家の愚痴を耳にした猫は……?

世にも不思議な江戸時代⑬


父親が病気となったため、ますます貧乏になった一家があった。その愚痴を家に居着いた猫に向かって吐いた。その後猫はある行動に出たという……。


 

■貧しい一家と猫のハートフルストーリー

 

 浅草の片隅に、ある男が住んでいた。年老いた父と妻があり、野菜などを売り歩いたわずかな収入で、貧しくも家族は仲良く暮らしていた。

 

 ところが、父がなんとなく体が痛いと寝付いた。そのため夫婦がかわるがわる父の面倒を見ることになり、その隙に野菜を売りに行くため、商売に身が入らずますます貧乏になってしまった。

 

 この男の家には、飼うという訳ではないが、居着いた猫がいた。ある日、男は猫が人間の言葉を理解するとは思っていなかったが、その猫に向かって言った。

 

「猫よ。お前はずいぶん長い事この家に居ついた。しかし、今おとっつあんが病気で、ずいぶんと貧しくなった。食えない日もあり、おまえを養うことができない。恩を知る心があるならば思案してほしい」

男は、現状について愚痴をいう相手がいなかったので、猫に言ってみただけのことだった。だから、猫を邪険にすることなく今までどおりに接していた。しかし、思わず猫にそう言ってしまうほど生活は苦しくなっていた。

 

 それからしばらくして猫の姿が見えなくなった。34日はどこに行ったのか気にかけていたが、だんだんと忘れがちになり、長い習慣で餌をやろうと猫の皿に手をかけるときだけ思い出すだけとなってしまった。

 

 ある日父親が

「昼は猫が見えないがどうしたのか」

と尋ねたので男の妻がかなり前から猫がいなくなったと告げた。すると父親は

「いやいや、夜は私の夜具の上で寝ているぞ。腰が痛いといえば腰に上り、肩がおかしいと思えば、肩の上で眠り、脚に痛みが走る時には足元にやってくる。猫が体に上がっているうちはおまえたちがさすってくれるよりもよく寝られる。そのおかげでだいぶよくなってきた。しかし、昼間姿を見せないということはどこで餌をもらっているのだろうか」といった。

 

 こんなことを話し合った数日後、ある人がこの家を訪ねて来た。

「夢で見ました。この家の猫を譲り受けたいのです」

男がこの家に居た猫がしばらく前から姿を見せなくなったことを告げると、訪ねて来た人は生きた猫ではなく、木や土で作った猫があるはずだという。そういわれれば近所の人が手慰みで作った土の猫がひとつあった。あまり良い出来ではなかったがそれを差し出すと、訪ねて来た人はとても喜んでかなりの礼金を置いて帰った。

 

 その次の日もやはり、同じように猫を求める人がやって来た。しかし、手慰みで作った猫はひとつきりだったのでどうしたものかと近所の親しい人に相談したところ、近くの今戸から焼き物の猫を仕入れたらいいのではないか、と知恵を授けてくれた。その言葉どおりに今戸から焼き物の猫を仕入れておいたところ、求める人が次々と訪れ、仕入れた猫は全部売れてしまった。

 

 そのころから父親はずいぶんと調子がよくなった。そのため本物の猫は、夜父親の夜具に上がらなくなり、家で餌を食べるようになった。その後一家は今戸焼の猫を大量に仕入れて店を開いた。それから半年もすると評判が江戸中に広がり、様々な小座布団を添えて今戸焼の猫を売ったという。

 

今戸焼/東京国立博物館蔵:ColBase提供
浅草寺の裏手にあたる今戸は、江戸時代、瓦などの焼き物が盛んな場所であった。文化文政時代にはキツネや猫の人形が盛んに焼かれていたという。

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過去記事

加唐 亜紀

1966年、東京都出身。編集プロダクションなどを経てフリーの編集者兼ライター。日本銃砲史学会会員。著書に『ビジュアルワイド図解 古事記・日本書紀』西東社、『ビジュアルワイド図解 日本の合戦』西東社、『新幹線から見える日本の名城』ウェッジなどがある。

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