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小指を剃刀で切断して愛を証明…… 大人気の舞妓が起こした一大スキャンダルとは?

炎上とスキャンダルの歴史


■婚約者に気持ちを疑われた末に起こした衝撃的な事件

 

 14歳で、明治末期の大阪の花街・宗右衛門町の舞妓となった八千代。初恋の相手の市川松鳶との秘密の逢引き、そしてお茶屋の離れの一室でロマンティックな初体験までセッティングしてくれたお茶屋「丸屋」の女将に頭が上がらなくなり、「丸屋」を通じて持ちかけられている、気の進まない身請け話も断れない雰囲気が出てくるようになりました。

 

 松鳶から「これからずっと仲良くしようね」と囁かれ、指を絡ませられ、夢見心地だった八千代ですが、彼女に岡惚れの「古川はん」なる中年男の座敷に、他の指名を断ってまで揚詰(あげづめ)――ブッキングされ続けることになったのでした。

 

 まぁ、松鳶も身請けを成立させたい「丸屋」の女将に雇われていた可能性はありますよね。古川にしてみれば、これだけ自分の指名を断らずに座敷に来るということは……と、千代葉が身請け話に乗り気だと勘違いし、グイグイと距離を詰めてきます。「グッと喉を鳴らして」身請けを語る古川はんに「ゾッと総毛立つ」千代葉。

 

 「あては色街が性に合うてまんねん」と心にもないウソを言って抵抗を試みますが、とうとう古川を拒む方便が見当たらなくなり、もう松鳶とは会えなくなると承知の上で、「丸屋」からの「逢状(指名通知)」には応えないようにしたのでした。

 

 しかし、千代葉に執心していたのは古川だけではありません。千代葉には「富田屋」という別のお茶屋経由でもちかけられた、大阪船場の鼈甲屋の若旦那・音峰宗兵衛からの身請け話もありました。

 

 かねてから音峰は千代葉にご執心で、彼女に性愛とはなにかを教える「水揚げ」の儀式の相手にも立候補していたものの、当時27歳という彼の年齢が花街の基準では「若すぎる」と断られていたそうです。

 

 その後も、指名状にあたる「逢状(あいじょう)」を何度も千代葉に出していたにもかかわらず、度々反故にされていた――八千代がお座敷に顔を見せなかったことに腹を立てている男でした。

 

 このように怒りっぽく、神経質な音峰ですが、10代で両親を相次いで失い、現在は店の古株の使用人に手伝われながら鼈甲細工の店を経営していました。当初、音峰は既婚者でしたが、千代葉と結婚したいから離婚するといって、本当にしてしまう純情さもあるのです。市川松鳶ではなく音峰を選ぶのが、千代葉にとっての最良の選択であることは自明でした。

 

 実際、千代葉は自分を大事にしてくれる音峰に気持ちを傾け、2回目の恋をしたといいます。しかし初恋の相手であった歌舞伎役者・市川松鳶の写真を捨てずに「鏡袋」の中に入れていたのが致命傷となりました。

 

 結婚を約束し、別府の温泉宿に婚前旅行気分で滞在していた時、事件は起きました。

「わしの他に、これまで本気で好きになった男はおるんか」という音峰からの何気ない問いかけに、「ありません」とウソをついてしまった千代葉の前に松鳶の写真が叩きつけられたのです。

 

 音峰は一見、遊び慣れているようで純朴さが抜けず、好きになった千代葉への執着も深ければ、束縛も強いという厄介な男でしたから、これまで見たことがない千代葉の鏡入れの袋が、その日に限って眼前に転がっていると、怪しい胸騒ぎがしたのでしょう。

 

 こっそり開いて中身を見てしまったのですね。そして松鳶の写真に気づき、千代葉が自分を利用して多額の落籍費用だけ払わせ、その後は東京の松鳶のもとに逃げていく作戦なのだと思いこんでしまったのでした。

 

 それ以来、音峰からネチネチと追い詰められる千代葉は、病んでしまいます。千代葉は「人を傷つけないで自分のやり場のない気持を沈める方法はないものか――」と悩み、かつて見た芝居を思い出すのでした。

 

 「芸妓の心意気を見せるため」惚れた武士の脇差しを抜き取り、それで小指を切って渡したという芸妓・菊野の姿に習って、カミソリを何度も叩きつけるようにして、自分の小指を骨ごと切断。「肉塊」を「血に染まった」ハンカチーフに包み、よろめきながら音峰を訪ね、「有無を言わさずそれを男の手につかませた」のです。明治44年(1911年)、千代葉が舞妓となってからまだ2年足らずで起こした大事件でした。

イメージ/イラストAC

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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