ビジネスパーソンがいま「宗教」を学ぶべき理由とは? 宗教別に“ビジネス視点で見るべき”部分をピックアップ
歴史でひもとく国際情勢
■リベラルアーツを学ぼうとする人が増えている
現在、ビジネスパーソンの間で「リベラルアーツ」を学ぼうという動きが広がっています。リベラルアーツとは、幅広い教養とそれを統合して考える力を養おうとする学問や教育方法のことです。
デジタル技術の急速な発展や経済格差の拡大、気候変動、地政学リスクの高まりなど、不確実性の高い時代に我々は生きています。そんな中では、いつ既存のビジネスモデルや働き方が崩れるかわかりません。今までのやり方や常識に固執していると、新規のビジネスを起こしたり、新しい働き方や体制にシフトしたりなど、組織も人も時代についていくことができなくなる恐れがあります。
そうならないために、経営層だけでなく、広くビジネスパーソンが「常識にとらわれない」「長期スパンで物事を俯瞰する」能力を身につけておく必要があります。そのため、社内教育や自己啓発としてリベラルアーツを学ぶ人が増えているのです。
リベラルアーツの中でも、なかなか日本人には理解しづらい分野が「宗教」です。
信心深い方を除く、ごく普通の日本人は、生活の中で宗教を意識することはないですよね。しかし、宗教が国家制度と深く結びついた国もありますし、宗教心が行動ロジックとして機能することも多いです。宗教を学ぶことは世界を学ぶことなのでとても重要ですし、もっと言うと「人を動かす」考え方と組織構築を学ぶには絶好の教材です。
私は2025年11月12日に、『教祖の履歴書』(東洋経済新報社)を出版しました。この書籍は、歴史上の有名な教祖がどのように宗教をおこし、人を集め、組織化して、巨大な宗教団体を築き上げていったかを、ビジネス的視点から分析してみようという企画です。
今回は拙著で取り上げた宗教の中から、現代のビジネスパーソンが学べるポイントをピックアップしてみましょう。
◼️ビジョン・オリエンテッドなキリスト教
キリスト教は、現代のパレスチナに生きた宗教者イエス・キリストの教えをもとに、彼の後継者たちが形作った宗教です。
もともとイエス・キリストは新しい宗教を作るつもりはなく、ユダヤ教改革運動を行なっていました。彼は当時のユダヤ教の律法を解釈し直し、「人間の平等」や「隣人愛」を実行することこそ、ユダヤ人が神に貢献することではないか、と訴えました。
彼の死後、弟子たちが教団を作り、先生の教えを受け継いで広めようと熱心に活動を行うのですが、問題になったのは「異邦人を仲間にできるか」でした。例えば割礼や食べ物の禁忌など、ユダヤ教には様々な決まりがあります。しかしこのようなユダヤ教の決まりを「そもそも守る気がない」異邦人を、果たして仲間にできるのか、という問題です。
議論の末、弟子たちは、先生が「人間の平等」を訴えたのだから、異邦人も仲間にできる、という結論に達しました。こうして、ユダヤ教とは異なる、「キリスト教」が成立していくことになるのです。
イエス・キリストが「こうだ!」と、当時からすると非常識なビジョンを打ち出したことで、そのビジョンを具体的に実現するための制度が整備されていったというわけです。これが、キリスト教がビジョン・オリエンテッドな理由です。
まずビジョンありきで、具体的な中身や制度はあとから作っていくというやり方は、欧米の企業で多く見られるやり方です。
◼️ロジカル思考が強みの仏教
次に仏教を見ていきましょう。仏教は約2500年前にインドで生まれた宗教で、教祖はブッダ(釈迦、ゴータマ・シッダールタ)です。
ブッダが生きた時代、北インドでは貧富の格差が拡大して社会的矛盾が高まっていました。どうすれば「生きる苦しみ」から逃れられるのかの答えを求め、ブッダは王族という身分を捨てて修行の生活に入ってしまいました。ブッダは当初、断食などの「普通ではない苦行」をすることで「普通では考えられない考え(=悟り)」に至ると考えていました。しかし、一向に悟りを開くことができなかったのです。
そこでブッダは、「なぜ人は苦しいのか」「その苦しみをどうすれば克服できるのか」を、極めてロジカルに思考していきました。そうして「人は執着するから苦しむのであり、執着をすべて捨てれば一切の苦しみから逃れられる」という本質に辿り着きました。さらにブッダは、修行者が悟りを開くまでの思考プロセスを整理し、フレームワークにまで落とし込みました。それが「四諦(したい/4つの真理)」と「八正道(はっしょうどう/正しく生きる8つの道)」です。
現代の仏教は、当時のブッダとその弟子が作り上げた仏教教団とは異なるものですし、その教えも後世の課題意識を取り込んで、かなり変質しています。しかし、極めてロジカルな思考を組み立てていく仏教の基本原理は、時代を経て解決すべき課題が変わっても駆動し続けています。
◼️ナラティブ思考が強みのゾロアスター教
次に、紀元前12世紀〜紀元前9世紀頃に現在のイラン周辺で成立したと考えられているゾロアスター教の事例を見てみましょう。あまり日本人には馴染みがありませんが、「この世には善と悪がある」という善悪二原論や、「この世の終わりに神による審判がある」という最後の審判の概念を初めに作った宗教です。
ゾロアスター教の教祖はザラスシュトラ・スピターマという人です。彼は原始アーリヤ人の神官の家系の生まれでしたが、家出して放浪し、ある時神の啓示を得て独自の宗教・ゾロアスター教を生み出しました。ゾロアスター教のユニークな点は、この世の始まりから終わりや、なぜ人間が生きるのかといった根源的な問いを、壮大な宇宙の物語(ナラティブ)で説明しようとする点にあります。
この宇宙の歴史は善の神と悪の神の戦いの歴史であり、人間は善の神の勝利のために貢献しなくてはならない。最終的に善の神は勝利をするが、その時にこれまでに善の神を支えた人間は蘇って幸せに暮らすことができる。
ナラティブ思考はロジカル思考とは異なり、多少ぶっとんだ考えであっても、理解されやすい傾向があります。人間は世界を「ストーリー」で理解しようという傾向がどうもあるらしく、その性質をハックしたやり方と言えるかもしれません。過去や未来を「あるべき姿」というナラティブで整理し、そこに事業計画や人材育成を組み込んでいくことも非常に有効であることを、ゾロアスター教の事例は教えてくれます。
◼️強みが失敗になったマーニー教
最後に、マーニー教の事例を見てみましょう。マーニー教ははるか昔に滅んでしまったのですが、古代ローマで大流行し、「キリスト教の最大のライバル」と言われた宗教です。
マーニー教の最大の特徴は、「当時人気のあった宗教をいいとこ取りして作った」点にあります。
3世紀ごろに生きた教祖マーニー・ハイイェーは、キリスト教、ゾロアスター教、仏教の教義や考え方、神様などを取り入れて昇華させ、独自の教義を作り上げました。ただコピーしただけでなく、人々が魅力的に感じるような教えに落とし込んだのはマーニーの才能といえます。マーニー教は、すでにお手本となった宗教が普及していた地域で爆発的にヒットしました。
しかし、キリスト教やゾロアスター教の教団は激怒し、「ウチの教義を曲解した邪教を許すな」と大弾圧されることもありました。また、お手本となった宗教が普及していなかった地域にはなかなか入っていくことができませんでした。あくまで「コピー宗教」の域を出なかったのです。
独自性を打ち出すことができなかったマーニー教は、徐々に信者数を減らしていき、お手本となった宗教に統合されたり、溶解したりして消えていきました。まさに強みが弱みになった事例です。ビジネスパーソンがここから学べることは多いと思います。
この他にも、組織の作り方やリーダーシップの取り方、マーケティングの仕方、顧客の獲得の仕方など、宗教史は現代のビジネスパーソンが学べる要素がたくさんあります。リベラルアーツには、「明日ビジネスの現場で使える」即効性のあるノウハウはありません。しかし、いざという時の意思決定や、現状認識把握に知らず知らずのうちに役にたつはずです。

イメージ/AC