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妻の「姉」や「妹」に惹かれ… 作家・谷崎潤一郎の「やばすぎる不倫騒動」とは

炎上とスキャンダルの歴史7


「妻を友人に譲る」というとんでもない声明で世間を賑わせた文豪・谷崎潤一郎の“細君譲渡事件”。これは、谷崎が「妻の妹」に惚れて妻・千代をないがしろにするようになり、千代を不憫に思った佐藤春夫が彼女と関係を持つように……という経緯であった。なぜこんなことになったのか、詳しく見てみよう。


 

■姉に惚れたが、仕方なく妹のほうと結婚

 

谷崎潤一郎

 

 昭和5年(1930年)8月17日、奔放な愛欲を文学に昇華させた昭和の大文豪・谷崎潤一郎は、彼の最初の妻・千代との離婚を関係者に報告しました。しかし、これはただの離婚の通達文ではありませんでした。

 

 谷崎は妻の千代を、自分の後輩にあたる詩人・小説家の佐藤春夫に譲り、「谷崎と佐藤はこれまで通りの交際を続けるから、皆様にもご了解願いたい」などと書かれていたのです。

 

 谷崎潤一郎は、生粋のスキャンダルメーカーとして知られ、20代後半に作家として頭角を現して以来、作品は内容、描写ともに際どく、私生活もやることなすこと全てにおいて悪目立ちし、いうなれば炎上しつづけていたのです。

 

 谷崎は生涯で3回結婚するのですが、大正4年(1915年)、彼が29歳の時に結婚した石川千代は彼の最初の妻にあたり、向島の芸者をしていた女性です。しかし、異様なのは谷崎が本当に惚れていたのは千代の「姉」でした。やはり向島の芸者あがりで、当地で「嬉野」という料亭をやっていたお初という女性です。

 

 学生時代からこの店に出入りしていた谷崎は、作家として成功した後はお初目当てで入り浸るほどの執着を見せていたのですが、お初からは「私には旦那(=後援者で愛人)がいるから……」と振られ、「私の妹ならあなたにお似合いよ」とあてがわれたのが、千代だったのです。

 

 谷崎はサディスティックであると同時にマゾヒスティックな傾向も強く持っており、彼にとって恋い慕うお初は女王さまにほかならず、彼女の命令ならば喜んで従ったのでしょう。

 

 気の毒だったのは、こんな奇妙な男と結婚させられた、もの静かで古風な千代でした。彼女は、お初とはまったく逆のタイプの女性だったのです。谷崎と千代は、小田原に住まいを移しますが、谷崎はすぐに自宅に寄り付かなくなります。

 

 それは谷崎が妻に興味を失ったことを意味していました。谷崎は千代の妹で、お初同様、自由奔放なせい子という娘に岡惚れし、彼女を横浜にあった「大正活映」という映画会社の看板女優にすると言い出して当地にも家を借り、同棲を始めてしまったのです。

 

■若いせい子に「金ヅル」としか見られず、妻が惜しくなった

 

 せい子は、谷崎初期の名作『痴人の愛』のヒロイン、ナオミのモデルで、彼女が自分に惚れた中年男性をいたぶる様は「ナオミズム」と呼ばれ、世間の話題をさらいました。

 

 大正9年(1920年)頃から、谷崎から見放された千代と、娘の鮎子が暮らす小田原の家を、谷崎が見出した後輩作家の佐藤春夫が訪れるようになります。佐藤は、谷崎からステッキで叩かれたりしている千代の姿を見て心を痛め、彼女の悩みを聞くうちに深い仲に陥ってしまったのでした。

 

 千代だけでなく、鮎子も佐藤に懐き、三人はまるで本当の親子のようにサンマを焼いて一緒に食べたりしたそうです。谷崎は千代に「私とは別に恋人を作りなさい」などと言っており、佐藤との関係が発覚してもケロリとしていましたが、それは彼の本命が千代の妹・せい子であり、彼女が成人したら結婚するつもりだからでした。

 

 しかし、せい子は谷崎を完全に金ヅルのおじさんとしか見ておらず、他の映画俳優と恋愛事件を起こしたり、徹底的に彼を拒絶します。せい子から振られ、千代からも去られるのが耐えられない谷崎は、かつて佐藤と交わした「妻とは別れる」という約束を反故にしたので、佐藤は激怒し、二人は絶縁状態となったのでした。

 

 佐藤は、要約すれば「今、一人で泣きながら昔を思い出してサンマを食べているよ」という『秋刀魚の歌』という詩文を発表し、谷崎家と佐藤の間に起きた事件を世間に公表してしまいました。

 

 興味深いのは、主に批判を浴びたのは谷崎ではなく、人妻の身でありながら、佐藤と恋仲に陥った千代だったという事実です。何事も女性のほうが責められがち、というのは現在と同じかもしれません。

 

※その後については、次回8/15(火)配信予定

 

※画像…現代長篇小説全集 第8 (谷崎潤一郎篇) 新潮社 昭4 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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