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戦車不足を補う鹵獲戦車の活用

ダビデの星の戦車たち 第4回 ~中東の小国イスラエルを支える地上戦の要~

■戦車不足を補う鹵獲戦車の活用

アチザリット装甲兵員輸送車

究極の鹵獲改造車両とも称されるアチザリット装甲兵員輸送車。元がT54/55戦車とは思えないほど外観が変化している。車体後部につながっている箱状のものは後部昇降口まで続く通路。

 イスラエルが建国されると、同国との戦いを優位に進めるべく、アラブ諸国はソ連に近づいて各種兵器の大量供給を受けた。戦車については、最初のうちはT34/85やスターリンなど第二次大戦型のものが中心だったが、やがてT54/55やT62といった戦後型の戦車が供給されるようになった。だが国家レベルでの教育水準の問題もかかわって、アラブ諸国では戦車の運用技術がなかなか向上しなかった。戦車兵や戦車整備兵の能力が限定的だったためである。

 

 一方、もしアラブ側に負ければ海に追い落とされてしまい後がないイスラエルは、国家として存続すべく必死の努力を続けていた。そして勝ち戦となった第3次中東戦争で、アラブ側のT54/55を大量に鹵獲。これを、慢性的な戦車不足解消のためにチラン1(T54)、チラン2(T55)として再使用した。そして機銃の換装など、イスラエル軍の兵器体系に合わせた改修を施したものをチラン4(T54ベース)、チラン5(T55ベース)と命名して再度戦力化。

 

 しかしT54/55に搭載されていたソ連製100mm砲の砲弾は、鹵獲したものが底をついてしまうとイスラエル側では補給が難しかった。そこでT54/55の砲を105mm戦車砲L7に換装したものが開発され、チラン4Sh(T54ベース)、チラン5Sh(T55ベース)として制式化された。その後、両車の一部はエンジンとトランスミッションも換装されたといわれるが数は多くない。

 

 一方、1973年の第4次中東戦争でイスラエルはT62を100両以上も鹵獲。これの副武装の機銃を西側の30口径や50口径のものに換装し、砲塔周りに中空装甲代わりの雑具箱などを装着したものをチラン6として制式化した。本車はチラン4Shや5Shのような砲の換装は行われず、最後までソ連オリジナルの115mm滑腔砲を備えていた。

 

 ところで、数が多かったチラン4Shや5Shは、1980年代初頭には戦車としては旧式化してしまった。一方、イスラエルは堅牢な装甲兵員輸送車(ACP)の不足に悩んでいた。そこで、このチラン4Shや5ShをACPへと改造することにした。何しろ元が戦車なので、装甲防御力は十分である。

 

 改造は大規模なもので、エンジンを強力なものに換装すると同時に車体後部の左側にオフセットして架装。その結果、車体後部右側にできた空間を通路として、車体後面に兵員用昇降口を設けた。また、自衛用に30口径機銃3挺と60mm迫撃砲1門も装備している。

 

 アチザリットACPと命名された本車は、1980年代初頭に始まった改造によって1990年代初頭には部隊配備され、現在では転輪や履帯をメルカバのものに交換した車両も登場している。本車こそ、経済観念が発達し物持ちが良いイスラエル軍らしい、究極の鹵獲改造車両といえよう。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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