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「1日で49人」の客をとり、「不妊手術を強制」され… 悲惨な境遇を生きのびた「からゆきさん」の証言

炎上とスキャンダルの歴史


深刻なトラブルに遭うケースも増えている、昨今の「出稼ぎ売春」問題。出稼ぎ売春については明治時代にはすでに見られ、「からゆきさん」と呼ばれていた。ただし、ある女性の証言によれば、1日で49人もの客をとるなど、その労働環境は過酷なもので、イギリス人に身請けしてもらっても、不妊手術を強制的に受けさせられるなどモノのような扱いを受けた。なんとか戦後まで生き残っても、「歴史の暗部」として過去を恥じて暮らさざるを得なかった彼女たちの人生とは、どのようなものだったのだろうか。


 

■富裕な中年男性に処女を奪われ、代金は支払われなかった

 

 明治末期、16歳で故郷・島原(長崎県)を出てシンガポールにたどり着き、借金のカタとして売春産業に従事した「水田春代(仮名)」。吉永小百合さん主演の映画『まぼろしの邪馬台国』の原作者・宮崎康平が島原出身で、当地で「からゆきさん」と呼ばれた海外売春サバイバーの老女たちの証言を集める中、「水田春代」のインタビューもカセットテープに録音されることになりました。

 

 この顛末について取材した牧野宏美氏の著作『春を売るひと 「からゆきさん」から現代まで』では、彼女に「水田春代」という仮名が与えられているので、本稿でも「水田」の名で彼女のことを呼ぼうと思います。

 

 シンガポールはマレー街のとある日本人娼館に属することになった「水田」は、当地在住の富裕な日本人中年男性から「水揚げ」されるまでは処女だったそうです。彼女は処女喪失から1週間の間、その男性の手で弄ばれつづけました。

 

 しかし、男が店に支払った莫大な代金は一切、「水田」の懐には入りませんでした。シンガポールにありながら、日本人経営の娼館遊郭では、まるで江戸時代の吉原遊郭のような「水揚げ」の掟が踏襲されていたからです。

 

■宝石を買い与えられるも… 堕胎と不妊手術を強制された

 

 その後は、一日で多い時には49人もの客を取らされたという「水田」ですが、18歳の時にイギリス人のフォックスという男の手で身請けされることになりました。フォックスは「水田」にダイアモンドなどの宝飾品を数多く買い与えたので、「水田」は「ダイアモンドおなご」という仇名で呼ばれるようになりました。

 

 しかし22歳の頃、フォックスの子を妊娠していることがわかると、彼から中絶を迫られ、堕胎と同時に不妊手術を強制的に受けさせられることになりました。異なる人種の間に生まれた子どもは不幸になるというのが理由です。

 

 リッチな外国人の愛人になることは、「水田」のような「からゆきさん」にとっては、ある意味では幸福な展開でしたが、相手の男の都合で、まるでモノのように自分の身体を扱われてしまうのが常でした。

 

■ゴム園やホテルを経営して得た金も、日本で騙し取られた

 

 大正3年(1914年)に第一次世界大戦が始まると、フォックスは「水田」に帰国を勧め、出征していきましたが、「水田」は彼から得た資金をもとにシンガポールでゴム園の経営にのりだし、事業が成功すると次はホテル経営と、女実業家としてキャリアを伸ばします。

 

 フォックスは「水田」との再会を楽しみに戦争を生き延び、シンガポールに帰ってきたと語ったそうですが、不妊手術まで受けさせた女性を相手に言葉を失うくらいに身勝手というしかありません。

 

「水田」はそんなフォックスを再び受け入れたようですが、第二次世界大戦がはじまると、シンガポールなど東南アジア在住の日本人は、イギリスの政策でインドに抑留されてしまいました。

 

 終戦までを生き延びた「水田」は、少なからぬ現金や宝石と共に日本に帰国できたものの、そのほとんどを日本で騙し取られ、また海外の銀行から預金を引き出すこともできなくなり、80代で亡くなるまでを貧困の中で過ごしたそうです。

 

■売春禁止法を機に、歴史の暗部となった女性たち

 

日本人墓地(サンダカン/東マレーシア)PIXTA 

 かつては島原など多くの「からゆきさん」を輩出した地域では、すくなくとも戦前くらいまでは、海外売春サバイバーである彼女たちの犠牲を讃える気風さえありました。

 

 しかし第二次世界大戦後、日本で売春防止法が施行されたころから、「からゆきさん」も歴史の暗部を象徴する不適切な存在として扱われ、多くの女性たちは過去を恥じながら暮らさざるを得なくなります。そしてほとんどの女性は、「水田」のようには現役時代の証言を残さず、ひっそりと亡くなっていきました。

 

「水田」が自分の過去を、言葉につまりながらも残そうと試みたのは、シンガポールで実業家として大成功を収めた記憶を、後世に伝えたいという一心だったのかもしれませんね。

 

 ただし、「水田」のように一瞬でも栄華を経験できた「からゆきさん」はごく少数派。多くの女性は「唐降り」――帰国することさえ叶わぬまま、海外の土となったとされています。

 

 あまりに辛い仕事の末、病死した者。悲惨な境遇に耐えかねて自殺した者。あるいは実家での居場所がない貧困層出身の中国人出稼ぎ労働者から金を積まれ、妻として買われ、二度と日本に戻れなくなった者さえ少なからずいたとのことです(倉橋正直『からゆきさんの唄』)。

 

「水田春代」のように財産をだまし取られていなければ、当時のお金で「数千円」――現在の数千万円以上の貯蓄と共に、日本で新生活を始めることもできたようですが、長年の売春業の結果、二度と妊娠できない身体になった女性も多く、彼女たちが失ってしまったものについて考えると、本当に暗澹たる気分にさせられます。

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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