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「天皇でも見ることが許されない“三種の神器”を、強引に…」デマで殺害された初代文部大臣・森有礼

炎上とスキャンダルの歴史


皇位継承儀式に不可欠とされる「三種の神器」。現役の天皇陛下でも目にすることが許されず、平安時代には「神器と同居するのはおそれ多い」と天皇が宮中から移したほどの宝物だが、明治時代には、初代文部大臣・森有礼が「強引に神器を実見した」として大炎上。その後、激怒した国粋主義者が森を暗殺している。森が見たとされた「八咫鏡」とは、どのような宝物だったのだろうか?


 

■天皇でも見られない「三種の神器」

 

 最近、某100円ショップで「三種の神器」という名の玩具が売られており、大人気を博しているそうです。名称は「八咫鏡(やたのかがみ)」、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」、「八尺瓊勾玉(やさかのまがたま)」と本格的なのですが、形態はRPGゲームのアイテムのようで、「私たちは罪のないジョーク商品ですよ」と全力で主張しているところが微笑ましいといえます。

 

 これら「三種の神器」は、皇位継承儀式に不可欠だとされる一方、「天皇陛下はもちろん、誰も見たことがない」という事実を、昭和天皇の弟宮・三笠宮崇仁親王もお認めになったとか。情報源は早稲田大学の教壇にも立ったアメリカ人学者のマーヴィン・トケイヤーという人物です。

 

 トケイヤーは古代史研究者でもあった三笠宮さまと親交が深く、日本人がためらうような質問も直に聞けてしまったようですね。正確には三笠宮さまが昭和天皇もご覧になっていないと発言した神器は「八咫鏡」のことですが、ほかの神器も同様の絶対的タブーだったと考えてよいと思われます。

 

 しかし、天皇ですら目にすることが許されない神器を、なぜか一般人が実見したという話もいくつか伝わり、「八咫鏡」にも目撃伝説はあります。

 

■「強引に八咫鏡を見た」という噂が流れ、大炎上

 

森有礼

 

 そもそも「八咫鏡」とは、どのような神器なのでしょうか? 現在、東京の皇居の「賢所(かしこどころ/けんしょ)」に安置されているのは、第10代・崇神天皇の御代に、「本体(オリジナル)」から製作された「形代(かたしろ、分身の意味)」です(本体と形代は外見も似せられたのかの情報もなく、実態はまったくの謎ですが……)。

 

「鏡」の本体は、第11代・垂仁天皇の御代に伊勢神宮で祀られるようになりました。『日本書紀』では、日本中に疫病が蔓延したので、本体のほかに形代を作って分祀したとありますが、平安時代の『古事拾遺』では、天皇が「八咫鏡」との同居は畏れ多いとして、形代を宮中に、本体は伊勢神宮にお移しすることになったと語られています。

 

 これと同様に、「草薙剣」の本体は熱田神宮に移動しました(ちなみに正統な手続きを踏んで製作された形代は、本体と同じ権威を持つというのが神道の伝統的な考え方です)。

 

 明治時代の初代文部大臣・森有礼(もりありのり)が伊勢神宮を訪れ、「八咫鏡」の本体を強引に実見して大炎上したという異様な記録があります。実際には都市伝説にすぎないのですが、明治20年(1887年)、欧米に影響された学校教育を打ち出した森に反対の立場だった伊勢神宮の神職たちによって、彼の参拝は拒否されました。

 

 しかし、その参拝トラブルを新聞各紙が虚偽報道したのです。森が伊勢神宮内殿に土足で侵入云々という記事を読み、信じ込んだ国粋主義者の男によって、彼は暗殺されてしまっています。

 

次のページ■神器はどのように保管されているのか?

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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