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米・英軍将兵を震え上がらせ「近接戦闘の悪魔」と呼ばれた【92式歩兵砲】

日本陸軍の火砲~太平洋戦争を戦った「戦場の神」たち~【第7回】


かつてソ連のスターリンは、軍司令官たちを前にして「現代戦における大砲の威力は神にも等しい」と語ったと伝えられる。この言葉はソ連軍のみならず、世界の軍隊にも通用する「たとえ」といえよう。そこで、南方の島々やビルマの密林、中国の平原などでその「威光」を発揮して将兵に頼られた、日本陸軍の火砲に目を向けてみたい。


        1944年6月頃、サイパンの戦いにおいて92式歩兵砲で日本軍を砲撃するアメリカ海兵隊の兵士たち。使い勝手がよく威力もそこそこだったので、ご覧のように鹵獲された本砲が再使用されることは間々あった。

         第一次世界大戦後の日本陸軍は、同大戦での経験に基づき、最前線で戦う歩兵と肩を並べて火力支援を行う砲の必要性を認識。1920年代初頭に、敵の機関銃座などを直射で撃破する11年式平射歩兵砲(へいしゃへいほう)2門と、塹壕(ざんごう)に隠れた敵歩兵の頭上から榴弾を降らせ11年式曲射歩兵砲(きょくしゃへいほう

        4門を装備する歩兵砲中隊を、原則として1個歩兵連隊につき1個中隊配属した。

         

         その結果、「歩兵と肩を並べて火力支援を行う砲」というコンセプトの正しさこそ証明されたものの、口径37mm11年式平射歩兵砲は榴弾の威力が弱く、11年式曲射歩兵砲は実質的に迫撃砲で曲射弾道を描くため、命中精度に劣った。

         

         そこで11年式平射歩兵砲と11年式曲射歩兵砲の機能を併せ持ち、1種類で両者の役割を兼ねられる砲が開発されることになった。この平・曲射両用砲は1928年から陸軍技術本部で研究開発が始まり、19303月に試製軽歩兵砲が完成した。

         

         口径は11年式曲射歩兵砲と同じ70mmで、榴弾の威力は同程度ながら平射と曲射の両方ができ、同砲のような迫撃砲と同じ前装式ではなく、通常の砲と同じ後装式だった。初速を低く抑えたので砲弾の強度を下げることができ、その結果、榴弾の弾殻を薄くして炸薬量が増やせた。そして193276日に92式歩兵砲として仮制式化されている。

         

         この92式歩兵砲は、1個歩兵大隊あたり本砲を2門装備した大隊砲小隊1個が配備されたこともあり、「大隊砲」の別名でも呼ばれた。そして、決して命中精度に劣っていたわけではなかったものの、日本軍将兵たちは「大隊砲」ならぬ「大体砲」の当て字で揶揄することもあった。

         

         砲としては軽量で、分解して10名で担いで運ぶこともできた92式歩兵砲は、日中戦争や太平洋戦争において、大隊砲の名に相応しく歩兵と共に最前線まで進出し、一撃必殺の砲撃を行った。

         

         しかも、概して装備に劣る中国軍はもとより、アメリカ軍やイギリス軍にも恐れられた。というのも、アメリカ軍のバズーカやイギリス軍のPIATといった軽便な歩兵携行式発射器がまだ整備されていなかった頃の戦い、たとえばガダルカナル戦や初期のビルマ戦において、歩兵と共に道なき道を進んで最前線に姿を現し、ここいちばんの時に砲撃を仕掛けてくる92式歩兵砲は恐怖の的だった。なにしろ、防御陣地の機関銃座や指揮壕、反撃のために集結した分隊や小隊などを狙いすまして、至近距離から必殺の榴弾を撃ち込んでそれらを吹き飛ばすからだ。

         

         小さく、まるで榴弾砲のミニチュアのような外観で、いかにも頼りなげな92式歩兵砲だったが、アメリカ兵やイギリス兵は「近接戦闘の悪魔」として本砲を侮ってはいなかった。ゆえに本砲を鹵獲(ろかく)すると、弾薬が続く限り再使用することが間々あった。

         

         なお、92式歩兵砲の総生産数は約3000門と伝えられる。

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        過去記事

        白石 光しらいし ひかる

        1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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