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【刎頸(ふんけい)の交わり】の語源は、男同士の悪口バトルからはじまった!

故事成語で巡る中国史の名場面


普段何気なく使っている言葉の中には、中国の歴史にルーツを持つものも少なくない。「矛盾」や「逆鱗(に触れる)」もその例である。ここでは「刎頸の交わり」という言葉の由来を「故事成語」に記された逸話から紹介する。


 

■『キングダム』でも有名な「三大天」のお話

 

 人気漫画の『キングダム』がとうとう累計1億部を突破。『ドラゴンボール』などの仲間入りを果たしたわけで、どこまで記録を伸ばすか楽しみでならない。

 

 原作漫画のほうは、秦と趙の再戦が始まったばかりのところ。主人公である李信らの前に立ちはだかるのは、李牧や司馬尚など趙国の「新三大天」と称される面々。「新」と言うからは「旧」もあるわけで、廉頗(れんぱ)、藺相如(りんしょうじょ)、趙奢(ちょうしゃ)の三人がそれとされている。

 

 秦の「六大将軍」にせよ、趙の「三大天」にせよ、史書にその名称はなく、『キングダム』作者の原泰久による完全な創作だが、「旧三大天」の面々はすべて実在の人物で、趙国の屋台骨を支えた英傑には違いなく、廉頗だけは生きて本作にも登場している。

 

廉頗(河北省邯鄲市の趙武霊王叢台)

 

 藺相如は「完璧」という語句の由来となったエピソードの当事者で、知略と、ここぞというときの胆力でもって趙国を支えた。

 

 一方の廉頗は勇猛この上ない武将だが、短慮なところが玉に瑕。藺相如が上卿(宰相)に抜擢されると、廉頗は、

 

「自分は趙の大将として、攻城戦も野戦も大功を重ねてきた。しかし、藺相如は口先ばかりの働きで、自分の上にいる」

 

と不満を隠さず、ついには、

 

「やつの顔を見たら、恥辱を与えてやる」

 

と放言する始末だった。

 

 あちこちで言い放つものだから、当然、藺相如の耳にも入る。以来、藺相如は廉頗と同席になる会合へは病気を理由に欠席を重ねた。顔を合わせることを極力回避したのだが、ある日、市街の通りで鉢合わせしそうになった。

 

 藺相如は御者に命じて脇道に隠れ、廉頗の乗る車をやり過ごしたのだが、今度は藺相如の側近や食客たちが怒り始めた。

 

「今後も逃げ隠れを続けるであれば、お暇をいただきたい」

 

 彼らの怒りが頂点に達したのを見て、藺相如はおもむろに問いかけた。

 

「廉将軍と秦王ではどちらの力が上と思うか」

 

 当然ながら、側近たちは「秦王です」と答える。一同の返事を待って、藺相如は説明をしてやった。

 

 自分が上卿に抜擢されたのは、秦国に使いして、秦王の脅迫や恫喝に怯まず、趙国の面子を傷つけることなく使命を果たしたからで、そんな自分が廉頗ごときを恐れるはずがない。秦が趙を攻めてこないのは、廉頗と自分がいるから、ただそれだけであると。

 

 

藺相如(河北省邯鄲市の趙武霊王叢台))

 

 この話を伝え聞いて廉頗はおのれの浅はかさを悟り、急いで藺相如の屋敷に駆け付けた。肌脱ぎとなり、茨の鞭を背に負うという、懺悔の意思表示をした姿で。

 

 藺相如は少しも怒ることなく、これより二人は心起きなく歓談を楽しみ、「刎頸(ふんけい)の交わり」を結んだ。互いのためなら首を刎ねられてもかまわない関係という意味で、ここから転じて、「刎頸の交わり」は生死をともにするほど親しい交際を指すようになった。現在では「無二の親友」の格式ばった表現として使われることが多い。

 

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過去記事

島崎 晋しまざき すすむ

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て、現在、歴史作家として幅広く活躍中。主な著書に『歴史を操った魔性の女たち』(廣済堂出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『仕事に効く! 繰り返す世界史』(総合法令出版)、『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『覇権の歴史を見れば、世界がわかる』(ウェッジ)など多数。

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