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「デモクラシーの兵器工場」アメリカと護衛空母

第二次大戦で勇戦した「小さな巨人」護衛空母 第3回 ~商船が「変身」した空から商船を守る急造軍艦~

【第3回】「デモクラシーの兵器工場」アメリカと護衛空母

ロングアイランド

アメリカ海軍初の護衛空母ロングアイランド。同海軍では護衛空母にCVEの艦種記号を与えているが、そのため本艦の最終的な艦籍番号はCVE1である。写真は航空機の輸送任務に従事しているときのもので、本来の搭載機数を超えた航空機を飛行甲板上に繋止して運んでいる。

 アメリカは、イギリスが枢軸国と開戦したあとも中立の立場にあった。しかしアメリカにとってのイギリスは第一次大戦以来の盟友であり、兵器も含むさまざまな軍事物資を供給していたが、それを運ぶ輸送船が、大西洋を横断中にUボートに撃沈されているという現実を理解していた。

 

 そのアメリカは、すでに戦争中のイギリスに観戦武官や交換将校らを送り込んで戦訓を吸収すると同時に、求めている援助用兵器のリクエストも集めていた。なぜなら「求めているイコール不足している」わけで、当該の兵器の戦時下での消費が大きいゆえに不足するという理屈であり、もしアメリカにも参戦が迫ったなら、イギリスの先例に基づいて不足した兵器をあらかじめ多数準備しておけばよいことになるからだ。

 

 かくして、護衛空母もイギリスからリクエストされた兵器のひとつとなったが、これには、のちに太平洋で日本海軍相手に大活躍するウィリアム・ハルゼー提督が深くかかわっていた。

 

 当時、ハルゼーはヨーロッパ戦域でのイギリス海軍の戦訓とニーズを研究しており、アメリカ参戦前の1940年12月、海軍作戦部長ハロルド・スターク提督に対し、もしもアメリカが参戦した場合は空母戦力の急速な拡張が必須であり、その一環として、商船を改造した補助空母の量産を進めるべきという意見を具申したのだ。

 

 この提案を理解したスタークは、アメリカの近々の参戦もあり得ることを視野に入れて、海軍兵力の急速な増強を考えていた。これに絡めて、イギリス海軍との秘密協議の席上で意見交換を行い、時の大統領フランクリン・ルーズヴェルトに商船改造空母の建造の可否を求めた。

 

 以前、海軍次官を務めた経験のあるルーズヴェルトは、空母の重要性をよく理解しておりこの案件を強く支持。かくて、商船を空母に改造する計画は、アメリカにおいて急ぎ進められることとなった。

 

 こうして、アメリカが参戦する約半年前の1941年6月に、同国初の商船改造空母ロングアイランドが完成した。同艦は海軍が買い取った既存のC3型貨物船モーマックメイルを改造したもので、以降の量産を考慮した試作例であった。そして姉妹艦のアーチャーはイギリスに供与された。

 

 この2隻に続いたのが、C3-C&P型貨物船から改造されたチャージャーだ。実は同艦は、イギリス向けのアヴェンジャー級護衛空母4隻のうちの1隻で、商船改造空母の運用テストと評価用として、いったんはイギリス海軍籍に入ったものを、改めてアメリカに返却してもらったという経緯があった。

 

 ロングアイランド級にチャージャー級というアメリカ海軍の習作となった商船改造空母の建造に続いて、本格的に量産されることになったのが、C3-S-A1型商船をベースにして改造を施したボーグ級である。

 

 ちなみに、C3-S-A1型というのは、アメリカ海事委員会が認定した標準船型と呼ばれるもので、船体構造や機関システムなどを規格化することにより、有事に際して民間船舶の軍用への転用を容易にする目的で定められた規格である。

 

 かくして、アメリカはいよいよ護衛空母の量産に突入することになる。

 

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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