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埴輪文化の創始者とされた出雲人・野見宿祢とは何者か? 国譲り神話にみる強大勢力「出雲王朝」の存在

「空白の4世紀」と弥生王国の謎


大和王権が日本列島を支配する前の王朝である出雲族は、消え失せたわけではありませんでした。出雲人の一人、野見宿祢(のみのすくね)を取り上げてみましょう。


■相撲と埴輪の祖となった出雲族の野見宿祢

 

 野見宿祢というと、相撲の祖という印象があるかと思います。伝説では垂仁(すいにん)天皇の時代に當麻蹶速(たいまのけはや)という剛力者に挑戦したのが出雲の野見宿祢で、圧倒的な勝利で當麻蹶速は命を落とします。これが7月7日の節会だったので、古代宮中ではこの日の節句を「相撲節会(すまいのせちえ)」としたのです。

 

 この野見宿祢はもう一つ、古墳時代に重大な文化を創始します。それが埴輪の製作です。垂仁天皇の皇后日葉須媛(ひばすひめ)が亡くなるころには、まだ殉死者を生き埋めにするという残酷な風習があったというのですが、野見宿祢は人の代わりに埴輪を作って副葬したというのです。天皇はこれを称賛して野見宿祢に「土師連(はじのむらじ)」という姓を与えます。

今城塚古墳の展示より。出雲人の野見宿祢が創始したとされる人物埴輪群。
撮影:柏木宏之

 つまり河内地方にテクノクラートとして巨大な勢力を持った「土師氏」の始祖が野見宿祢で、ルーツは出雲族という事になります。

 

 野見宿祢が実在の人物かどうか、また一人の人間の事なのかどうか?それはわかりませんが、相撲や埴輪という文化が出雲王朝由来のものだったという事を示しているともいえます。相撲は力強く四股を踏んで地をならし、邪鬼を駆逐します。野見宿祢と當麻蹶速の一番は、肋骨を折り骨を砕くほど強烈な蹴りあいだったそうですから、四股踏みが重要な神事になるという事だったのかもしれません。

奈良県纏向珠城の宮伝承地で見られる、相撲発祥の説明板。
撮影:柏木宏之

 土師氏は埴輪製作だけではなく、巨大な前方後円墳などを造営する大土木工事や葬送儀礼を司る重要な氏族として長く朝廷に関与します。

 

ほかにも前方後円墳の全体を覆う、人頭大からこぶし大ほどの川原石を大量に葺く葺石(ふきいし)という技法も、すでに弥生時代後期の出雲地域には存在したものでした。島根県出雲地方の西谷遺跡に残されている、非常に奇怪な形をした四隅突出墳丘墓2号墳には全面に川原石が葺かれています。

 

 現在の考古学画期では、巨大な前方後円墳が出現してから以降を古墳時代としていて、それ以前の弥生墓は古墳といわずに墳丘墓と呼んでいます。

 

ですから弥生墓全体に葺かれた石を「はり石」と呼んで、あくまで「葺石」とは呼びません。そういう差別化をして時代の画期を鮮明にしようとしていますが、西谷遺跡の現地で本物の四隅突出2号墳などをじっくり観察すると、どう見てもあれは葺石となんの差もありませんし、明らかに古墳だと言って差し支えない墳墓です。そのうえ、吉備で発明されたといわれる特殊器台が出土しています。同じように奈良県桜井市の箸墓古墳からも吉備の特殊器台は出土しています。

 

 これまでのさまざまな定説で想像された私たちの祖先の社会構造やその成り立ちのストーリーは、考古学研究の進歩で覆され続けています。

 

 話を伝説に戻しますと、重要でしかも多くの謎を含んだ「国譲り神話」もずいぶん印象が矮小化された話になっているのではないでしょうか?

 

 「出雲の国譲り」といわれると、現在の出雲大社周辺、もしくはせいぜい現在の島根県東部域程度の話のように感じますが、高天原の天照大神らが欲したのは「葦原の中津国(あしはらのなかつくに)の国譲り」であって、すなわち日本列島の大部分を示していますので、相当広い範囲を支配していたのが出雲王権だったといわざるを得ません。

 

 大和王権が根拠地とした大和地域はもちろん、日本海を通じてつながっていた北陸から、陸路南下した愛知県、岐阜県、長野県あたりは出雲王国の傘下だったと考えてよいでしょうし、国譲りで勝負に負けた大国主命の子である建御名方命が諏訪湖周辺に逃げ込んだのも、そこは出雲族の勢力範囲だったからではなかったのでしょうか? そしてどうもその出雲王国の範囲が、銅鐸出土地域と大まかに重なるともいえるでしょう。

 

 今回は野見宿祢を取り上げてみましたが、ほかにも出雲由来の人物や神々は、実は枚挙に暇なく大和王権の物語に登場しています。大和王権の成立以前の日本列島の姿はどうだったのか? 出雲王朝はどのように大和王権に取り込まれていったのか? 興味は尽きませんね。

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柏木 宏之(かしわぎ ひろゆき)
柏木 宏之かしわぎ ひろゆき

1958年生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒業。1983年から2023年まで放送アナウンサー、ニュース、演芸、バラエティ、情報、ワイドショー、ラジオパーソナリティ、歴史番組を数多く担当。現在はフリーアナウンサーと同時に武庫川学院文学部非常勤講師を務め、社会人歴史研究会「まほろば総研」を主宰。2010年、奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業学芸員資格取得。専門分野は古代史。歴史物語を執筆中。

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