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「梅毒」が天才をつくる!? 芸術家に「病気の人」が多い理由とは

炎上とスキャンダルの歴史


近年、日本で急増している梅毒。モーパッサンなど芸術家にも梅毒にかかっていたと推定される人物が多いが、かつて、「梅毒が天才を産む」という説が真面目に研究されていた。才能と病に関係はあるのだろうか?


 

■梅毒=天才、肺結核=エリートの証?

 

薬(イメージ)

 芸術家を天才たらしめる要素の一つが、梅毒であると考えられていた時代がありました。そう聞いて、驚く人もいれば、「そうだろう」と頷く人もいるはずです。筆者の体感では、そう遠くはない昔――たとえば数十年ほど前まで、梅毒と芸術家の関係をさぐる本が信頼できる出版社からも発刊され、研究が真面目に行われていました。

 

 天才と特定の病気を結び合わせて考えることは、以前よくありました。肺結核が「エリートの証」だった時代や地域があるのですが、天才になりたいからといって梅毒に憧れる人などは歴史を通じて存在していません。やはり性病はイメージが悪いのでしょう。

 

■「梅毒患者を火炙りに」と主張した哲学者エラスムス

 

 ルネサンス時代のヨーロッパを代表するエラスムスなどの哲学者は、梅毒を敵視し、熱心な梅毒根絶論者として知られました。

 

「結婚前に梅毒検査をするべき。夫婦どちらかが性病なら離婚の申し立てとして十分」「最初の梅毒患者さえ火炙りにしていたらこの世の平和は守れたものを!」などと強めの発言をしていたエラスムスですが、1928年、彼の遺体が発掘された時、本人も性病(おそらく梅毒)に苦しんでいたことが身体的特徴から明らかになっています。

 

 まぁ、要するにエラスムスのこういう積極的な言論活動も、彼が梅毒だったからこそ行えたのではないか……と考えてしまうのが、「天才とは病のひとつである」というロマン派的なモノの見方なわけですね。

 

 ロマン派全盛期の19世紀のヨーロッパにはざっと思い出すだけでも、シューベルト、シューマン、ニーチェ……などと推定梅毒患者がひしめいています。創作意欲を沸騰させ、自信満々かつ精力的に活動する時期があった芸術家ほど「実は梅毒説」が囁かれがちでもあります。

 

■性病にかかっても精力的に活動したモーパッサン

 

 十代の時にはすでに娼館に通う悪習を持ち、「セックス中毒」をこじらせまくったあげく、梅毒に罹患したと考えられるフランスの小説家ギ・ド・モーパッサンは、作家仲間のヴィリー・ハースから「彼の顔はボクサーのように腫れ上がっていて、セックスは雄牛のようなすさまじさだった」と書かれてしまうほど、外見と内面の両方に異常をきたしていました。

 

 モーパッサンの梅毒は後天的なものではなく、先天的なものだったという説もあります。しかし、いずれにせよモーパッサンなどは若いころから病による体調不良に悩まされていたにもかかわらず、43年の人生で長編を6作品、短編は260作品以上も書き残しました。20代前半から小説を書き始め、最後の3年間は完全に発狂しましたから、正味で20年弱の活動期間にしてはかなりの多作家です。

 

 筆者はそれも梅毒が意欲を亢進させているのだと考えていたのですが、先日、とあるドクターから「梅毒にそういう便利な機能はないと思いますよ」と教えられ、目からウロコが落ちる思いでした。現代医学的な見地からは、梅毒になると全方位的に「元気がなくなる」のが普通なのだそうですね。

 

 要するにすごい才能の芸術家は、梅毒になっても負けずに精力的な活動が続けられるだけの潜在的なパワーに満ちているのだと考えたほうがよさそうです。天才を一種の病とする見解も、いつの日か妄説として否定されることがあるのでしょうか?

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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