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朝ドラ『虎に翼』モデルが直面した「グロテスクな男尊女卑」とは? 「わきまえる」ことを強いられた時代

炎上とスキャンダルの歴史

 

■「男性でも難しい」と言われた裁判官へのジョブチェンジ

 

 そういう社会的背景もあって、嘉子は日本史上初の女性弁護士になったものの、弁護士としてのキャリアはほぼないままで、裁判官への「ジョブチェンジ」を試みることになりました。

 

 弁護士は顧客のためならば白いものを黒いと言い張らねばならない仕事ですから、正義観の強い嘉子にはつらかったようです。裁判官になることは「男性でも難しい」などといわれ、憤慨もしましたが、持ち前の負けん気を発揮し、狭き門を再び突破していきます。

 

 また、戦後の嘉子には経済的な悩みもありました。夫が戦地から帰ってすぐに亡くなったため、芳雄というひとり息子を抱えた嘉子はシングルマザーになったので、なんとか自力でコンスタントに稼げる専門職を見つける必要がありました。

 

 だからこそ、裁判官という公務員への「ジョブチェンジ」だったのですが、紆余曲折の末、昭和24年(1949年)以降、戦後日本に「家庭裁判所」という新しい裁判所が新設されたのに伴い、そこで裁判官として勤務できるようになったのです。

 

 そしてその仕事の結果、これまで早口だった嘉子ですが、わかりやすくゆっくりと喋るようになったし、人の話の引き出し方もうまくなったし、人間として大きな成長を見せたと考えられます。家庭では引き続き、我が強く、「駄々っ子」なところもあったようですが……。

 

■「尊敬している人物」を答えられなかった理由

 

 放送ジャーナリストの縫田曄子が、昭和50年(1975年)から翌年にかけて行った日本社会の女性先駆者たちへのインタビューシリーズの中には三淵嘉子の回もあり(現在、『Women Pioneers』としてDVD化)、ユーモアを交えながら、はきはきとした美声で語りかける姿勢は非常に好感度が高く、法廷見学マニアの間では「三淵ファン」が大勢いたらしいことも納得できます。

 

 しかし、この映像でもっとも興味深かったのは、唯一、嘉子が即答できなかった質問が「尊敬している人物」だったことです。嘉子の中では、裁判官としての仕事で知り合った先輩や同僚など司法関係者から「尊敬している人物」を挙げるべきだと考えてしまったようですが、いろいろと総合してみると、誰か一人の名前を挙げることは難しい……という結論になっていました。

 

 「裁判官は物言う法律である」という考え方があり、ひとりよがりの善意に基づく法解釈はご法度なのですが、「尊敬している人物」という個人の価値観を聞かれてしまったときにも、思わず裁判官としての客観性が働いてしまうのは、嘉子が本当に根っからの裁判官であったことを象徴しているようで興味深い話です。

 

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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