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仇敵B-29を全高度で迎撃可能にした【3式12cm高射砲】

日本陸軍の火砲~太平洋戦争を戦った「戦場の神」たち~【第19回】


かつてソ連のスターリンは、軍司令官たちを前にして「現代戦における大砲の威力は神にも等しいと語ったと伝えられる。この言葉はソ連軍のみならず、世界の軍隊にも通用する「たとえ」といえよう。そこで、南方の島々やビルマの密林、中国の平原などでその「威光」を発揮して将兵に頼られた、日本陸軍の火砲に目を向けてみたい。


        砲座に据えられた3式12cm高射砲。ご覧のように固定陣地で運用するので、海軍の89式12cm7高角砲の陸軍用改修型とすれば、肝心の弾薬の互換性が確保できたのではないだろうか。

          第1次世界大戦中に急速な発達を示した航空機は、戦後も発達のスピードを落すことはなく、その性能向上は日進月歩を続けていた。

         

         特に地上軍にとっての脅威は爆撃機だったが、低高度で攻撃してくるそれには、短時間で多数の砲弾を撃ち出せる高射機関砲のような自動火器が有利であった。一方、水平爆撃を行う爆撃機も、航空機と爆撃照準器の性能向上によって爆撃高度が逐次高くなり、従前の高射砲では早晩、その飛行高度に届かなくなることは目に見えていた。

         

         このような動きのなかで、日本陸軍は急ぎ高射砲の大口径化を推進することとした。そこで、艦載高角砲(こうかくほう/海軍では高射砲を高角砲と称する)として、すでに高射砲としては大口径の89式12cm7高角砲を実用化していた海軍に、技術協力を仰ぐことになった。軍艦は、火砲のプラットホームとしては安定しており、弾薬の備蓄と供給も容易なので、高射砲の大口径化では先を行っていたからだ。

         

         大口径高射砲ゆえ、移動と展開が考慮された「野戦高射砲」ではなく、固定砲座に配される「高射砲」として開発されたにもかかわらず、海軍の89式12cm7高角砲の口径が12.7cmなのに対して、この陸軍の新型高射砲には12cmが選ばれた。そのため砲としての構造も異なり、弾薬の互換性もない。

         

         だがプリンタにとってのインクのように、銃砲にとっての「消耗品」である弾薬の互換性を考えなかったのは、完全に陸軍の落ち度といえる。

         

         操作の都合や設置の条件などにより、艦載高角砲と陸上高射砲では相違点はきわめて多い。しかしそのへんのある程度の不便は覚悟のうえで、せめて海軍と同じ砲身を採用し、同じ弾薬を使えるようにして、砲架や周辺装備などを陸軍式にすることで対応できなかったのか。

         

         世界でも珍しい陸海軍間での航空機関銃の弾薬の互換性のなさに象徴されるように、日本の海軍と陸軍は同じ国の軍隊であるにもかかわらず、まるで「ライバル同士」のようであり、これがただでさえ国力でアメリカに大きく劣る日本の、戦時下での生産と補給のネックとなったことは否めない。

         

         かように厳しい登場背景を持つ3式12cm高射砲ながら、それでも約150門未満が生産されて要地防空に重点的に配備された。その結果、ボーイングB-29スーパーフォートレスをほぼ全高度で迎撃可能な性能を発揮し、かなわぬまでも一矢を報いることができたのだった。

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        過去記事

        白石 光しらいし ひかる

        1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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