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江戸のお風呂はオプション付き? 湯女というお仕事 第1回

江戸の性職業 #001

■セックスワーカーに見る江戸の風俗

『好色訓蒙図彙』

図1『好色訓蒙図彙』(吉田半兵衛、貞享3年)、国際日本文化研究センター蔵

 湯女は、現代のセックスワーカーでは、ソープ嬢に相当するであろう。

 さて、昭和三十三年(1958)に売春防止法が完全施行されるのにともない、赤線地帯(公認の売春街)だった吉原の貸座敷(妓楼《ぎろう》)は、すべて廃業した。

 なかにはトルコ風呂に転業する貸座敷もあり、やがて吉原はわが国有数のトルコ風呂地帯に変貌した。

 なお、昭和五十九年(1984)に、トルコ風呂はソープランドと改称された。
つまり、昭和三十三年以降、それまで娼婦と呼ばれたセックスワーカーはトルコ(ソープ)嬢に転身したわけである。

 いっぽう、江戸時代初期、湯女と呼ばれるセックスワーカーがいた。

 ところが、幕府が吉原(元吉原)遊廓の営業を認めるのにともない、湯女は禁止された。

 そのため、湯女のなかには、吉原の遊女に転身する者もいた。

 つまり、セックスワーカーとして、

江戸 湯女→遊廓の遊女
昭和 遊廓の娼婦→ソープ嬢(湯女)

と、まったく逆の変身をしたことになろう。

 

 図1は、風呂屋の、湯女と客が描かれている。図中の「湯娜」は、湯女のこと。

 

 男と女が図1のような状況に置かれれば、男あるいは女から、
「どう?」
 と、打診し、勧誘し、性的な行為に移行するのは、ごく自然な成り行きではあるまいか。

 ただし、春本『好色訓蒙図彙(こうしょくきんもうずい)』が刊行された貞享三年(1686)は、五代将軍綱吉の時代である。また、絵師の吉田半兵衛は大坂で活躍した。

 つまり、図1は、上方が経済・文化的に江戸よりもはるかに優位に立っていたころの、大坂の湯女の風俗といえよう。

 

 戯作『好色一代男』(井原西鶴著、天和二年)から、当時の湯女の生態がわかる。

 主人公の世之介は舟で兵庫(兵庫県神戸市)に着いたあと、近くの風呂屋に行った。

 湯女のひとりに、
「あとで、どうかね」
 と声をかけたところ、掛かり湯を汲んでくれるなど、俄然、もてなしがよくなった。

 風呂屋から出て、世之介が宿屋に戻ると、しばらくしてさきほどの湯女がやってきた。しかし、いざ床入りとなると、世之介は湯女の粗野と下品さにがっかりした。

 

 港町の湯女だったせいもあるのか、セックスワーカーとしての質は低かったようだ。

 なお、このとき、世之介はわずか十二歳である。

 

 湯女の仕事は、表向きは図2でわかるように、客の垢(あか)すりなどだった。

 男から声がかかると、あとで宿泊先などに出向いたのである。

『好色一代男』

図2『好色一代男』(井原西鶴著、天和2年)、国立国会図書館蔵

 なお、図2から、江戸時代初期の湯屋は蒸し風呂だったのがわかろう。

 天井から石榴口(ざくろぐち)と呼ばれる仕切り板がさがっていて、小さな隙間をくぐるわけだが、向こう側に湯船はない。つまり、蒸し風呂だった。

 では、江戸の湯女の生態はどうだったのだろうか。

(続く)

KEYWORDS:

永井 義男ながい よしお

1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。

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